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しおりを挟む瞬く間に過ぎて行ったお茶会の時間。
(そういえば旦那様は結局間に合わなかったのね)
顔だけ出すかと言っていたけれど、仕事が間に合わなかったのだろう。
「楽しかったわ!次からは中々ゆっくり会えなくなるかもしれないけれど、絶対にまたしましょうね!」
「もちろん!私も楽しかったわ。お手紙は今まで通り送っても良い?」
「当たり前でしょう?私もたくさん出すわね!」
きゃっきゃっ言いながら別れを惜しむ。
「そうだ、お土産があるの。すごく美味しいお茶菓子のでね、それとレイへの誕生日プレゼントが……あら?」
部屋に置いてきてしまったらしい。
「ごめんなさい、取ってくるから少しだけここで待っていてくれる?」
「アリーが取りに行くの?」
「ええ、すぐ戻るわ!」
そう言って彼女に渡す予定の手土産と誕生日のプレゼントを部屋に取りに行った。
持ってきてもらえば良いのに、自分の事は自分でという染みついた貧乏侯爵家での生活が未だにこうして出てきてしまう。
お菓子とプレゼントはすぐに見つかった。
急いで庭に戻ると、そこには楽しそうに笑うレイチェルと愛おしそうな表情を浮かべているエミールがいて……
(……ああ)
そう、そうだった。
最初からわかっていたはずなのに。
それなのに最近は距離が近いからすっかり勘違いしそうになっていた。
ほんの少しでもこちらを見てくれているのだと。
(馬鹿ね、私ったら)
レイチェルと話して軽くなった心が沈んでいく。
身代わりは所詮身代わりでしかない。
どんなに仲良くなろうと、肌を合わせようと、本物には到底敵わないのだ。
*
あの後なんでもない顔をして二人の前に出るのに苦労した。
ずっと笑みを貼り付けていたけれど、二人にはバレなかっただろうか。
何も気付かれず普通に出来ていたのなら嬉しい。
(二人が一緒にいるところを見るだけで、旦那様のあんな表情を見るだけでこうなるのに、前の私は良く平気だったわね)
少しでもエミールに思い出を残してあげたいと、レイチェルと二人になれるよう画策していた時を思い出す。
あんな馬鹿な事、今では頼まれても出来そうもない。
エミールもレイチェルも、そんな事を頼むような人達ではないけれど。
(私は身代わりよ、それ以上を望んでは駄目)
胸に手を当て深呼吸をする。
エミールに愛して欲しいなど望んではいけない。
どんなに焦がれても手に入らない。
エミールはこんな気持ちをずっとレイチェルに対して抱いているのだろう。
こんなにも張り裂けそうな痛みに耐えているだなんて。
愛している人の前で別の女に愛を誓い、あまつさえ彼女が他の人と結婚するのを見届けなければならないだなんて。
苦しい。
彼の気持ちを想像して、自分に当て嵌めて考えると酷く苦しい。
エミールの前で他の人と愛を誓い、エミールが私以外の人と結婚する。
この先、もしかしたらありえるかもしれない未来だ。
私に子が出来なくて、エミールがレイチェルを諦めたとしても私以外の誰かに惹かれればこの婚姻はきっといとも簡単に破棄される。
それだけは嫌だ。
愛してくれなくても良い。
情だけでも良い。
ほんの少しでも私を見てくれるのならそれだけで良い。
そう思うしかない私は、レイチェルが帰った後で訪ねたエミールの部屋ではしたなくも彼に迫っていた。
子供が欲しい。
でもそれ以上に彼に触れたい。
我ながら暴走しているのはわかっている。
彼が『身代わり』の私にこういう事を求めている訳ではないとわかっているけれど、彼女に出来ず私に出来る事と言えばこれくらいしか思い浮かばなかったのだ。
レイチェルが悪いのではない。
もちろんエミールだってそうだ。
私が勝手にいつか捨てられるかもしれない恐怖に怯え焦燥感に駆られているだけ。
心を望むことは叶わない。
それならば身体だけでも欲しい。
「っ、アリシア?どうしたんだ?」
「旦那様、お願いです。今からお願い出来ませんか?」
「今から、とは……いや、そんな」
はっきりとは伝えていないが、身体を密着させない胸を押し付けて強請っているのだから答はひとつだとすぐにわかるだろう。
エミールは私の望みに気付き戸惑っているようだ。
「お願いします。ダメ、ですか?」
「う……っ」
ぎゅうっとエミールの胸元を握りしめて再度問う。
唸り声をあげて顔をごと視線を逸らすエミールに、やはり私などの色仕掛けでは反応してくれないのか。
当たり前だ、まだ日も沈みきっていない時間帯なのだから。
夜にする時と違って室内もまだ明るい。
そんな中で好きでもなんでもない女に迫られるのは不快以外の何物でもない。
それでも強引に引き離そうとはしない所がまた優しい。
「旦那様」
「アリシア、待って、待ってくれ」
「何故ですか?待てません」
早く、早く子供を作らなければ捨てられてしまう。
焦った私はなりふり構わずにエミールの服に手をかけたのだが。
「アリシア、待ってくれ!」
「……っ」
両肩を掴まれ、そのまま温もりから離される。
エミールの腕の長さの分だけ出来た隙間にさっき見た二人を思い出す。
二人の距離はもっと近かった。
それにこんなに焦ったような表情もなく楽しそうだった。
「あ……私……」
途端にハッとして自分がしでかした事に申し訳なさが募る。
「すみません、私、何を……っ、あの、すみません!」
「アリシア!」
慌てて部屋から逃げ出そうとしたがエミールに引き止められてしまった。
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