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温室での一件以来、エミールと接するのが恥ずかしくて緊張してぎこちなくなってしまっていたが、それも日が経つにつれ少しずつ落ち着いてきた。

「行ってらっしゃいませ、旦那様」
「ああ、行ってくる。今日は早く帰れそうだから夜は一緒に食事をしないか?」
「はい、是非。お待ちしてますね」

エミールの方もかなりぎこちない様子だったけれど、同じく日が経つにつれて落ち着いてきたようだ。
といってもあからさまに態度に出る訳ではなく、何となく雰囲気が違うといった程度に見えたのはさすが公爵家嫡男である。

とはいえその日は確実に近付いてきており、その日が近付くにつれてあの日の緊張感を超える緊張に襲われ始めた。

「アリシア」
「!は、はい!」

ただ名前を呼ばれただけでも大きく反応してしまう。
びくりと震え返事をする私にエミールが苦笑い。
だがそのエミールもどこか緊張しているようで、いつもよりも少しぎこちない接し方に使用人達が首を傾げている。

「旦那様も奥様、何かあったのかしら?」
「新婚早々熟年夫婦のようだったのに、むしろ今の方が新婚さんらしいわね」
「今更お互いを意識し合ってるのかしら」
「少し手が触れただけなのに奥様のあの反応可愛すぎだわ」
「あらあら旦那様も耳が真っ赤」
「良いじゃない初々しくて。そもそもまだ新婚さんだもの」
「それもそうね」
「お仕えするご主人様達の仲が良いと私達も嬉しいものね」

ひそひそと話す声は私達には届いていないが、微笑ましく見守られているのは凄くわかる。
違う、きっと皆が思っているような事ではないと思いつつもそれを否定出来るはずなどない。
むしろ良い関係を築けているとアピール出来ているのだから良い事だと思おう。

いつものように今晩の予定を知らされ、食事をどうするのか話しエミールを見送ろうとした直前。

「その、そろそろ例の日だと思ったんだが」
「……っ」

こそっといつかのように耳元で囁かれ、また肩が跳ねてしまった。

そう、そうなのだ。
着実に近付いていた『例の日』がもうすぐ二日後に迫っている。
過去二回の日数を元にエミールもそろそろかと見当がついていたのだろう。

「違ったか?」
「い、いえ、あの、一応予定は二日後、です」
「そうか、二日後……」

同じようにこそっと返す。
辿々しい口調になってしまったのは許して欲しい。

「わかった、その日は早めに帰るから」
「ええ、お待ちしてます」

いや、お待ちしてますと言っても良いのだろうか。
期待しているみたいに聞こえないだろうか。

すでに鼓動が速い。
今からこの調子でその日になったら一体どうなってしまうのだろう。

胸に手を当てて大きく深呼吸をする。

どんなに緊張しても焦ってもいたたまれなくても二日後なんてすぐにやってくる。
それまでに覚悟を決めなければならないと思うが、多分きっと覚悟なんて決まらない。

そんな私の予想はもちろん当たり、一晩寝ても、もう一晩寝ても全く覚悟なんて決まらず、朝からずっと緊張している。

朝食の席でもフォークを落とすし、午前中には本を逆さまに読んでいてマーサに指摘され、午後にはただ歩いているだけで躓くわドアにぶつかるわ書きかけの手紙を書き損じるわ今度は本を何冊も取って読まずに置いてまた新しい本を取ってという謎の行動までしてしまった。

しかもそれをたまたま来ていた義母に見られる始末。
恥ずかしすぎる。

「貴女達どうしたの?」

私の様子に義母が頬に手を当て首を傾げる。
貴女達、とは私とあとは誰だろうかと思ったが一人しかいない。

「エミールも数日前からポンコツらしくてね、主人が呆れてたわ」
「旦那様が、ですか?」
「ええ。階段で躓くわドアにぶつかるわ書類にインクをこぼすわ書く欄がひとつずつずれてるわ色々やらかしているらしいわ」
「それは……」

私と似たような事をしている。

もしかして、もしかしなくてもエミールも緊張しているのだろうか。
こんなに緊張するのは私だけだと思っていたけれど、同様にエミールも緊張しているのだとしたらなんだか嬉しい。
ポンコツと言われてしまっているが、その場面を想像すると思わずくすりと笑みを漏らしてしまう。

「あら、その様子だと息子のポンコツの原因がわかるの?」
「いえ、その、はっきりとはわかりませんが……」

嘘だ。
推測の域を出ないが、原因に心当たりはある。

(そうよね、私だけだと思っていたけれど、旦那様だって緊張くらいするわよね)

直接お互いに触れるのは初めてなのだ。
仮に結婚前に他の女性と遊んでいたとしても人が違えば勝手も違う。
そもそもエミールの事だから娼館などにも通わず他の女性にも目もくれず、レイチェル一筋で誰にも触れていない可能性もある。
知識としては知っているだろうけれど、実践するとなると果たしてどうなるのだろうか。

(私が教えなければならない可能性もあるわよね)

教える程の事でもないが、最悪挿れる場所がわからないなんて事もありえるのではないだろうか。
まさかそんなと思いつつ、緊張に変な不安までもが湧いてきて私は更に気が気ではない状況に陥るのであった。

そして夜。

(ついに、この時が)

来てしまった。
エミールは約束通りに早く帰ってきて、二人揃ってぎこちなく夕飯を済ませ湯浴みを済ませた。

今はエミールが隣室で準備しているのを待っている所だ。

こちらの部屋でしてもらっても、と思ったのだが私がいては出るものも出ないだろう。
昼間よりもずっと緊張が強い。
これ以上緊張する事などあるのだろうかと思っていたけれど、だんだんと緊張の度合いが高まっている。

もうずっと鼓動が速いままだ。
こんなに速く脈打っていて倒れやしないかと思うが、肝心な時に倒れてはいられない。

何度も何度も大きく息を吸い、大きく吐く。

(まだかしら、もう少しかしら。ああもう心臓が持たないわ)

ほんの少しの物音にも反応してびくりと震えてしまう。

どのくらい時間が経ったのか、ついに内扉がノックされた。


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