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しおりを挟むエミールの『愛する人』と会ってしまったのには驚いたが、彼女とは驚く程趣味が合った。
私が新しく買ってもらった女流作家を彼女も好きらしく、作品の話で大盛り上がりだったのだ。
詳しく聞いてみると彼女が好きな本は私が好きなものばかり。
他にも作品の中で出てくる食事やお菓子を再現してみたいという夢だったりとか、日がな一日本に囲まれて過ごしたいだとか、甘い物が好きだとか、あまりごてごてと派手に着飾るのが苦手だとか、本以外でも気が合った。
(旦那様と二人きりでの食事は出来なくて残念だったけれど……)
レイチェルとの会話が思った以上に楽しくてすぐに気にならなくなった。
「私、暫くはこっちに滞在する予定なの。良かったらまたお会いしたいわ!」
「私もまた会いたいわ」
食事を終える頃にはすっかり敬語も外れていた。
ほぼ引きこもりのこの私がこんなにも早く打ち解けられるだなんて驚きだ。
それだけレイチェルが人好きのする性格なのだろう。
話の引き出しも多いしさっぱりとした性格で話していて楽しい。
近い内にまた必ず、と約束をしてレイチェルとは別れた。
(は!私ったら話に夢中になっていたけれど、旦那様大丈夫かしら)
積もる話もあっただろう。
エミールだってレイチェルと話したかったに違いない。
それなのに私がその時間を奪ってしまった。
「あの、旦那様、すみません私……」
「随分と楽しかったみたいだな」
「すみません、旦那様もお話したかったでしょうに夢中になってしまって」
「いや、楽しかったのなら良かった」
少し寂しそうな表情。
やってしまった。
それはそうだ、ただの身代わりに『愛する人』との時間を邪魔されて挙句自分はほとんど話も出来ずに別れてしまうだなんて寂しい以外にあるだろうか。
怒りをぶつけてこないのは嫁いできてから伺い知った彼の性格を考えると予想出来る。
だからこそ私の方が気を付けなければならなかったのに。
「旦那様、あの、よろしければ追いかけますか?」
「え?」
「私、一人でも帰れます。レイチェルと積もる話もあるでしょう?今すぐに追いかければまだ間に合うかと……」
「!いやいやいや!追いかけないし、君を一人で帰らせるなんてとんでもない!」
「ですが……」
「本当に大丈夫。積もる程の話もないよ」
これは確実に気を遣われているとすぐにわかった。
「本当ですか?私に気を遣わなくても良いんですよ?」
身代わりなのは最初から知らされていた。
愛だの恋だのはわからないが、好いた相手ならば常に一緒にいたいはずだ。
少しでも会えれば、ほんの少しの時間だけでも共にいたい。
そういう風になるものなのだと本に書いてあった。
(ああでも対外的には私を妻として扱うのだものね)
そうなると大っぴらに二人きりで会う訳にはいかない。
せっかくエミールとは良い関係を築けているのだ。
エミールには幸せになって欲しい。
レイチェルには婚約者がいるし、どう見てもレイチェルの気持ちはエミールにはないのでほんのささやかな幸せだけでも味わって欲しい。
本人も手に入れようなどと考えてはいないのだろう。
密かに心を寄せるだけで満足するつもりなのだ。
それならば、私が一肌脱ごうではないか。
幸いにもレイチェルとは気が合い、今度邸に招待すると約束した。
暫く滞在すると言っていたから外で会う機会も増えるだろう。
その時にさりげなく二人きりになる時間を作れば良いのではないだろうか。
(良い暮らしをさせて貰っている、ささやかな恩返しになるかしら)
思えば嫁ぐ前から嫁いでからもエミールや公爵家の皆さんにはとてもお世話になっている。
いやそんな一言では済ませられないくらいだ。
きっとレイチェルを諦めて欲しいと考えている義父母には申し訳ないが、エミールは彼女と夫婦になりたいと望んでいる訳ではないのでもう少しだけ『愛する人』との時間を設けてあげたい。
最初のお茶会はいつにしよう。
今日の明日ではさすがに早すぎるだろうか。
二日程間をあけようか。
でもあまり遅くなると彼女は領地に帰ってしまうだろう。
それならそれで私達が向こうへ旅行に行けば良いか。
そんな企みをしつつ時は流れ……
(……あら)
予定通りに月のものが来てしまった。
子供は今回は出来なかったようだ。
(やっぱり指では難しいのかしら)
それとも一応出来てはいたけれどタイミングが悪かったのか。
そういえばちょうど良さそうな道具を見つけに行くはずが、結局探す事すら出来なかったのだと今更ながら気が付いた。
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