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※エミール視点



(早く準備が終わってしまった)

例のアレに使う道具を探しに行くのと、街の案内をするという名目でアリシアと出掛ける事になった。
レイチェル以外の女性と出掛けるのは初めてだ。
レイチェルと行く時も常に彼女の兄弟が共にいたので二人きりで遊んだ事はない。

アリシアと二人で出掛ける事を知った両親はそれはもう大喜びだった。

「あなた……!あのエミールが!あのエミールがデートですって!!!」
「ああ、ああ……!良かった、良かったなあ!」
「……大袈裟ですよ。妻と出掛けるだけなのに」
「妻!そう妻よ!あなたの奥様よ!」
「そうかそうかそうか!うんうん、そうだな妻と出掛けるだけだものな!」

『妻』という単語に二人は更にヒートアップ。
お互いをばしばしと叩いて母に至っては涙を流して喜んでいる。
いや本当に大袈裟すぎないか?
それともこんなに喜ばれるくらい俺はおかしかったのか?

(……ずっとレイチェルの事しか考えていなかったからな)

婚約者のいる女への初恋をずっと引き摺っている息子に両親がやきもきしていたのは知っている。
婚約からの結婚までが早かったのもそのせいだとわかっている。

初夜で失礼な態度を取ったにも関わらずアリシアは優しく面白く話していて楽しく、気が付けばレイチェルの事を考える事が少なくなっていた。
いや、ほとんど浮かばなかったとも言える。
苦しくもなく切なくもなく、彼女の事を考えないのが驚く程普通になっていた。

それが当たり前といえば当たり前なのだが、そんな自分の変化に周りも嬉しそうで、気が付けば馴れ合わないという当初の決意など遥か彼方へと吹き飛んでいっていた。

「旦那様」
「!」

そわそわとマナー違反とわかっていながら部屋の前でアリシアが出てくるのを待つ。
暫く待って出てきたアリシアは、いつも下ろしている長い髪を緩く編んでいた。
若草色のワンピースも良く似合っている。

「……可愛らしいな」

自然とそう口走っていた。
いやこれは可愛すぎるんじゃないか?
町娘風の格好だが気品が溢れている。
誘拐されてしまうのではないか?
護衛を増やした方が良いのではと本気で悩んでしまった。

使用人達の生温かい視線に見送られ、まずは領地の中で一番大きな本屋へと向かう。
本好きなアリシアらしく、建物に入る前から目を輝かせ中に入ると更に興奮した様子であちこちを見て回っていた。
何冊でも買っても良いと言ったのにアリシアが選んだのは二冊。
きっと遠慮しているんだな。

(いっそ別邸に専用の図書室を作るか)

アリシアの為に邸を改装しようと考えていると、またも爆弾発言が飛び出した。
二冊の内の一冊は所謂子作り云々の本らしく、これを見て頑張るのだと意気込むアリシアにどんな反応を返せば良いのか迷い咽せてしまった。

本当にこういう不意打ちは困るが、やはり一緒にいると楽しい。

素直にそれを口に出すと、アリシアの口元がじわじわと上がり嬉しさを噛み締めるように微笑んでいた。

(う……っ)

あまりに可愛らしい笑みに胸を撃ち抜かれる。

変だ、おかしい。
あんなにもレイチェルだけを見つめレイチェルだけを考えレイチェルだけを想っていたのに、最近の俺はアリシアの事ばかり考えてしまっている。
女性に向かって可愛らしいと思うのもレイチェルを除いては初めてだ。

(俺はレイチェルを愛しているはずなのに)

果たして本当にそうなのだろうか。
諦めなければと思っていたのに往生際悪く想い続けていたのに、その想いが揺らいでいる。

不確かになり始めている自分の気持ちをどこか他人事のように考えていると。

「エミール!」
「!」

聞き覚えのありすぎる声で名を呼ばれた。
まさかと思い振り向くと、そこにいたのは案の定レイチェルだった。

(何故こんな所に!?)

結婚式以来の再会だ。
相変わらずふわふわとした雰囲気で、いつもの笑顔でぐいぐいアリシアとの距離を詰めてくる。
相変わらず見た目の儚さとは真逆の行動力だ。
これから食事だと言うと空気を読まずについてきて、本好きなアリシアとレイチェルは話も合うのかすぐに意気投合。
今日買った本の作者をレイチェルも好きらしく、食事の席で俺を置いてけぼりにして楽しそうに話をしている。

アリシアが楽しそうなのは良いのだが……

(……気付いている、よな?)

あの晩に伝えた『愛する人』がレイチェルだと。
一度しか話題には上げていないが、名を覚えておらずとも幼馴染で金髪に水色の瞳だなんて特徴を持つ女性が他にいるはずもない。
確実に気付いているだろう。

(気まずい、どうしよう)

レイチェルと会えて嬉しいはずなのに。
レイチェルを愛しているはずなのに。

何故だか以前程心は踊らずアリシアばかりを気にしてしまう。

もやもやとした気分のままの食事はほとんど味など感じられず、せっかくアリシアとの食事だったのにと残念に思ってしまっている自分がいた。




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