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本屋の中は夢の空間で、全てを満足するまで見ようと思うときっと一日では足りない。
夢中になりすぎてエミールを待たせる訳にはいかないと思いつつもあちらこちらに意識が飛んでしまい
結局予定よりもかなり長い時間を過ごしてしまった。

「すみません、つい夢中になってしまって」
「いいや、俺も久しぶりにのんびりと本を選べたよ」

私が本を選んでいる間、エミールも同じように選んでいた。
私に気を遣ってではなく、エミール自身も本が好きなようなので良かった。

それはそうと、とエミールが私の手元を覗き込んでくる。

「本当にそれだけで良いのか?」
「ええ、一度に買いすぎては後の楽しみがなくなってしまうでしょう?」

買ってもらった本は二冊。
一冊は憧れの女流作家の新刊。
そしてもう一冊は……

「しかし、小説はともかく医学書とは意外だったな」
「少し勉強しようと思いまして」

この医学書、とあるものを専門に事細かに書いているものだ。
そう、もうお気付きだろう、子作りに関しての医学書なのだ。

エミールは細かいタイトルを見ていないので中身には気付いていない様子。

「これで次回はもっと良く出来るはずです」
「ん゛っ……!!!」

いつぞやの朝のように耳元でこそこそと囁く。
同時に買った本をちらりと見せると、エミールが盛大に咽せた。

「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫、アリシア、それは……!」
「子作りの本ですわ。先日のは多分上手くいっていないと思うんです。なので改めて勉強し直そうかと」
「そ、そうか、勉強熱心なんだな」
「子供の為ですから」
「……そうか」
「見て下さい、こちらの本は絵もたくさんですごくわかりやすいと思うんです」
「見せなくても良い!というかここで広げないでくれ!」
「あ、申し訳ありません、つい」

買ったばかりの本の1ページを見せるとエミールが慌ててそれを閉じる。

しまった、確かにこの場で開くようなものではなかった。
凄くわかりやすく説明してある本が幸先良く見つかったから嬉しくてつい。
医師に聞くのも憚られる事まで書いてあったので、子作り云々はともかくとして読み耽ってしまいそうな内容なのだ。

「ふっ、君といるといつも新鮮だな」
「新鮮、ですか?」

慌てふためいていたエミールが落ち着いて、くすりと微笑みながらそんな事を言ってくる。

「一緒にいて楽しい」
「!」

さりげなく買った本を持ちながら尚もくすくすと笑い続けるエミール。

一緒にいて楽しい。
そのセリフは本当に私に向けられてのものなのだろうかと信じられなかった。

だって私は決して『楽しい』なんて言われるような女じゃない。

本ばかり読んでいたから父にも母にも、暗くて地味でつまらなくて何を考えているのかわからないと良く言われていた。
弟は慕っていてくれていたけれど、まだ子供だ。
これからどう評価が変わるかわからない。
周りも本ばかりの私とは次第に遊ばなくなり、私も遊びに積極的な性格ではないからまあ良いかと思い一人で過ごす時間ばかりが増えていた。

そんな私と一緒にいるのが、楽しい?

(旦那様はもしかして趣味が悪くていらっしゃる?)

真剣にそう考えてしまった。

でも楽しいと言われて悪い気はしない。
というかどちらかというと嬉しい。

(ふふ)

自然と緩む頬。

こんな風に誰かと過ごすのが嬉しい事だとは思っていなかった。
例え仮初だとしても、結婚したのがこの人で良かったと自分の幸運を噛み締めていると。

「エミール!」
「!」

背後から可愛らしい声でエミールの名を呼ぶ声が聞こえてきた。
快活な声に振り向くとそこには小柄な美少女がこちらに向かって手を振っている。

「レイチェル!どうしてこんな所に?」

すぐに追いついた彼女に名を呼ばれた本人は驚いたように訊ねる。

(レイチェル……ああ、この方が)

どこかで聞いた名前にすぐ気付く。

この方がエミールの『最愛の人』なのだ。
私と同じ金髪に水色の瞳なのに、彼女は目鼻立ちのはっきりとした美人。

(可愛らしい方。私とは似ても似つかない)

小柄だが出ている所はしっかりと出ており、明るく優しそうな瞳はアクアマリンのようにキラキラと輝いている。

「どうしてって、会いに来たに決まってるでしょう?」
「え?」
「貴方の奥様に!」
「え?」

最初はエミール、二度目は私の『え?』である。

(え?私に?何故?)

そういえば幼馴染と言っていただろうか。
彼女はエミールの気持ちを知っているのだろうか。
知っていて私に会いに来たとなると、これはもしや。

(修羅場というやつかしら……!?)

私が身代わりだと知っていて、自分の代わりにされている女はどんな女なのかを見に来たのだろうと思うと展開としてはしっくりくるのだが。

「だって貴方ちっともお邸に招待してくれないんだもの!私だって貴方の大事な奥様と仲良くなりたいわ!」

目の前の彼女を見ているととてもそんな腹黒い事を考えているようには思えない。

美人な外見とは裏腹に天真爛漫な性格をしているようで、笑うとその場に大輪の花が咲いたように華やか。

エミールは大きく溜め息を吐き出し、期待に輝く彼女に私を、私に彼女を紹介した。

「こちらが妻のアリシアだ。アリシア、幼馴染のレイチェル嬢だ」
「……初めまして、アリシア・ブランドです」
「初めまして!レイチェル・エドワーズです」

紹介された途端ににっこりと微笑むレイチェル。
本当に可愛らしい方。

ジメジメドロドロの修羅場などとんでもない、純粋に『親しい幼馴染の奥さん』に興味津々といった雰囲気で悪意も敵意も何も感じられない。

(……修羅場になりそうにないわね)

内心少しだけ、ほんの少しだけ

『貴女なんて所詮私の身代わりなんだから身の程を知りなさい!』とか
『可哀想に、私の身代わりにされてるとも知らないで』とか
『婚約者はいるけどエミールは私のものなのだから弁えなさい!』とか

そんな事を言われてしまうのかとどきどきしてしまったけれど、やはり何もなさそうだ。
わくわくなんてしていない、断じてしていない。

(外見だけではなく中身も凄く良い方なのね)

エミールが惚れ込むのも納得だ。

前言撤回、旦那様の趣味はとても良いようだ。

(あら、でも旦那様は気まずいかしら。そうよね、愛している人に他の女と出掛けている所を見られてしまったのだもの)

逆の立場ならものすごく気まずい。

ちらりとエミールを見上げると、彼は何とも言えない複雑そうな顔をしていた。





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