婚約破棄を受け入れたはずなのに

おこめ

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後編

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話が違う????
一体何の事かしら。

それにしても殿下が声を荒げるなんて珍しい。
ずっと一緒にいるのに初めて聞いた。

「あの……?」

おずおずと殿下に声を掛けようとすると。

「どうしてだ!?」

殿下は誰もいないはずの木陰の方に向かって声を掛ける。

(あれは、カーラ様?)

殿下につられてそちらに目を向けると、木陰からカーラが現れた。
何やら気まずそうな表情。
もしかしてずっとそこにいて私達の会話を聞いていたのだろうか。

私に確実に婚約破棄の話をするのを見届ける為?
いえ、でもそれならば殿下の『話が違う』というセリフも、彼女がこんな風にいたたまれないような表情で出てくるのもおかしい。

「申し訳ありません、殿下。私もまさかこんな風になるとは」
「絶対に成功すると言うから従ったんだぞ!?」
「いえ、ですから本当に申し訳ありません。私の予想では拒絶されると思ったのですが」
「あっさり受け入れられてしまったじゃないか!」
「まさか私もアシュリー様がさらりと頷かれるとは……殿下、やはりアシュリー様のお気持ちは殿下にはないのでは?」
「縁起でもない事を言うな!!!」

出てきたカーラに詰め寄る殿下。

(……仲が良いのね)

懇意にしているという話は事実だったようだ。
私とは世間話はすれどこんな風に気安く話しかけられた事はない。
羨ましいけれど、今の私に羨ましいと思う権利はない。

それにしても気になるセリフがいくつかあったような……

「……殿下」

尚もカーラへと詰め寄ろうとうする殿下に、今この場に自分がいても良いのだろうかと思い、立ち去る許可を得ようと声を掛ける。

想像以上の速さでこちらに反応されたのには驚いてしまった。
声は通る方だが、何やら感情的になっている殿下には何度か声を掛け直さなくてはと思っていたので尚更。

「アシュリー……!」
「!」

カーラを置き去りにすぐさま私の方へと向かってくる殿下。
目の前までやってくると、私が許可をいただく前に、逃がさないとでも言うように両手を掴まれた。

「で、殿下?」
「殿下などと呼ばないでくれ」
「いえ、ですが……」

もう婚約を破棄するのだから馴れ馴れしく愛称で呼ぶ訳にはいかない。
きちんと線引きをしなければ、新たに婚約者となる方にも失礼だ。

「良いんだ、いつものようにレオと呼んでくれ」
「それは……」
「頼む!」

必死の形相に思わず頷く。
それはそうと、何故私は手を掴まれているのだろう。
殿下の温かく大きな手に包み込まれると緊張してしまう。
エスコートしていただく時に腕を絡めたり、ダンスで手を重ねたり腰を抱かれたりした事はあってもこんな風に包み込まれるのは初めてだ。

「殿下、お名前の前にアシュリー様に説明しなければならないのでは?」
「!そうだ、その通りだな」
「私に、説明ですか?」

カーラの言葉に首を傾げる。
何の説明をしなければならないのだろう。
先程の婚約破棄の件だろうか。
それなら説明なんて必要ない。
これ以上私にトドメを刺さないで欲しい。

「婚約破棄の件でしたら、私は全て殿下に、いえレオにお任せしますが……」
「違う!そうじゃない!」
「え?」
「婚約破棄して貰いたいなんて嘘だ!」
「……はい?」

嘘、とは?

「実は、その……」

更に首を傾げる私に、殿下は非常に言い難そうに事の次第を説明してくれた。

曰く。

親に言われるがまま婚約者となっただけの関係。
交流を深めてきたつもりだが、いつも完璧に振舞う私にどこか気後れしてしまった。
色々と必死に頑張っているのは知っている。
けれどそれは『殿下』である自分の婚約者だからであり、『レオナルド』本人の為ではないのではないか。
もし『殿下』という肩書がなくなったとして、私が今まで通り自分を見てくれるのか。
婚約者として傍にいてくれるのか。
残り一年の婚約期間を残した所でそんな不安に駆られたらしい。

他の側近達や親に相談する訳にもいかず、そんな時に出会ったのがカーラだった。
人当たりが良く色んな人の相談に乗っているカーラならば自分のこの言いようのない不安にも答えを見つけてくれるのではないか。
少しでも不安を解消してくれるのではないか。
そんな思いから学園内でカーラと過ごす事が増え、それを他の生徒達に目撃され懇意にしているとの噂が立ったそうだ。

相談していく内に、いつまで経っても解消しない殿下の不安にカーラも痺れを切らしたのだろう。

「はっきり言って面倒になってしまったんです」
「う……」
「面倒……」

はっきりきっぱりと溜め息を吐きながら言うカーラに殿下は唸り私は思わず復唱してしまった。

『そんなに不安ならアシュリー様に直接聞いてみては?』
『何をどう聞けと?』
『要はアシュリー様の気持ちがわかれば良いのでしょう?それならば、婚約を破棄して欲しいと聞いてみるのはどうですか?』
『婚約を、破棄!?』
『それを受け入れるのか、それとも戸惑い拒否するのか。反応はわかりませんが殿下をどう思っているのかはわかるのでは?』
『……そうか、婚約破棄を聞いた時の反応で判断しろという事だな』
『その通りです』

そんな会話をした結果の今日のこの婚約破棄の話に繋がると告げられた。

(ええと、それは……)

「つまり、私の気持ちを確かめる為にそんな嘘を吐かれたという事ですか?」
「……その通りだ」

殿下からの説明を受け、尋ねる私に殿下が静かに頷く。

まさかそんな理由だったとは。
私の気持ちが疑われていたなんて。

(でも、仕方がないのかもしれないわね)

将来、殿下の隣に立つ事ばかりを考えて殿下に自分の気持ちを伝える事を怠っていたのは私自身。
何も告げず、ただただひたすら勉学に励む私に『愛されていない』と感じるのは仕方のない事だ。

「……申し訳ありません」
「何故アシュリーが謝る?謝らなければならないのはこちらの方だ」
「いえ、私が悪いのです。きちんと、自分の気持ちを伝えていなかったから」
「自分の、気持ち?」
「ええ」

まっすぐに殿下を見上げ、意を決する。
そして深呼吸をして……

「私は、ずっとレオをお慕いしています」
「!」

婚約する前の顔合わせの時からずっと。
一目惚れだ。
金髪碧眼のまだ幼さの残る可愛い王子様に、初心な少女だった私はすっかりと骨抜きにされてしまっていた。

「だが、俺がこの国の王子でなければ……」
「レオが『王子』でなかったとしても、私の気持ちが変わりません」
「ほ、本当か?!」
「ええ」

『王子』という肩書に惚れた訳ではない。
最初は一目惚れだけれど、共に過ごす内に殿下の優しさに触れどんどんと惹かれていった。
殿下以外の男性など目に入らない。
それに身分だけでどうのこうのと言うのであれば、この国よりも遥かに大きな外国の王族からの求婚を受け入れていただろう。
けれど、ただ身分が高いというだけでは駄目なのだ。

「相手がレオでなければ私はここまで頑張れませんでした」

殿下の為だからこそ、これまで必死に頑張ってきたのだ。
他の誰かだったらきっともっと気楽に手を抜いていたはず。

「ですから、レオが不安に思う事なんて何もないんです。私の目にはレオしか映っていないのですから」
「アシュリー……!」

私の告白に殿下の目が輝く。
そのまま感極まった殿下の手により引き寄せられ、手の代わりに全身をふわりと包み込まれた。












その後。

「カーラ嬢との噂は全て根も葉もないものだ。私はアシュリー一筋だからな!」
「わかっております」

もう何度もしっかりと説明されたので今更カーラとの仲を疑ったりはしていない。
あの時、殿下と思いを確かめ合った後に二人がかりで説明されてしまったのだから尚更。

「そもそもですね、私にも婚約者がおりますし、殿下達に負けないくらいお互いを想い合っているのですから殿下とどうこうなるなんてありえません」

すっぱりとそう言い切ったカーラはとても素敵だった。
それからカーラとは仲良くさせてもらっている。
カーラは噂通り優しく聡明で、今まで付き合いのあった令嬢とは違う奔放さもあり共にいると楽しすぎて殿下が嫉妬してしまう程だ。
帰り道の寄り道もカーラと一緒に叶えてしまった。
立ち寄ったカフェのケーキがとても美味しくて、あれから何度も付き合ってもらっている。

「アシュリー、新しく出来た友人と過ごすのも良いが、たまには俺との時間も取ってくれないか?」
「もちろんです」

まるで子犬のようにこちらを伺う殿下はこう言っては失礼にあたるのかもしれないが、とても可愛らしい。
カーラ曰く『あざとい』らしいが、あざとくても可愛らしいものは可愛らしい。

勉強の方は今まで本当に頑張りすぎていたらしく、先生方からもペースダウンを勧められた。
あまりにも頑張りすぎていつか壊れてしまうのでは、と心配されていたようだ。
そのおかげで以前よりも余裕を持って殿下と過ごす時間が取れるようになったのは嬉しい。

禁止されていると勝手に思い込んでいた乗馬や剣術もこれを機に少しずつ始められるようになった。
護身術として習う分には構わないらしいが、あまり強くなりすぎないでくれと殿下にお願いされてしまった。
始めたばかりでそこまで強くなれるとは思わないけれど、どちらも楽しくて夢中になってしまっているのは確かだ。

「レオ、ひとつお願いがあるのですが」
「何だ?新しいドレスか?宝石か?そういえば例のカフェのケーキを気に入ってたな。専属で雇うか?」
「いえ、そんな贅沢な事ではなく……」

ドレスも宝石もありがたい事にたくさん持っている。
カフェのケーキに至っては専属で職人を雇うだなんて他の人に申し訳なさすぎる。
たくさんの人に喜んで食べてもらわなければせっかくのケーキが可哀想だ。

「?ならば何だ?」

不思議そうに首を傾げる殿下にくすりと笑い、すぐ傍らにいる殿下の手に自分のそれをそっと重ね……

「もう二度と、婚約破棄しようなどと言わないで下さいね」
「!」
「もう、私の気持ちを確かめる必要もないでしょう?」
「あ、ああ、もちろんだ!二度とあんな馬鹿な真似はしないと誓う!」

即座に返ってきた答えに自然と笑みが深まる。

重ねた手とは反対の手が頬に伸ばされる。
そのまま静かに近付く唇に、そっと瞳を閉じた。





終わり
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みんなの感想(2件)

dai
2024.05.19 dai

他の作品からやって来ました。
可愛すぎるᐡ⸝⸝> ̫ <⸝⸝ᐡ。久しぶりのほっこり作品にトキメキました。ありがとうございました。他の作品も覗かせていただきます|ω・)。

おこめ
2024.05.21 おこめ

こちらこそありがとうございますー!ほっこりしていただけて良かったです(^^)
他の作品も楽しんでいただけると嬉しいです!ありがとうございました!

解除
黑媛( * ॑꒳ ॑*)♡


|ूoωo。)⁾⁾

可愛い(⌯'-'⌯)💕

あれこれ後を引いて揉めるとウザいけど
短編でその場で完結するには、可愛らしい

殿下の頭とお尻に、犬耳とお尻尾の幻影が見えそうです

わんこ王子੯‧̀͡u\೨˒˒ と明朗快活な行動力のあるお姫さま

仲よく暮らしてね(。•̀ᴗ-)✧

政治に詰まったら、王妃が斬り込む、割れ鍋綴じ蓋な夫婦になったりして

また、別の作品でも楽しませてもらえると嬉しいです

|´-`)⁾⁾⁾

おこめ
2023.07.05 おこめ

ありがとうございます!
さらっと読みやすいのを目指して書いています(^^)
確かに犬の耳と尻尾見えちゃいそうな感じですね笑
きっと二人はずーっと末長く幸せに暮らしていくと思います。
子供が産まれても仲良しな夫婦になりそうですね。

ありがとうございます、順次公開していきますので、どうぞよろしくお願いします!
読んでいただけると嬉しいです(^^)

解除

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