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しおりを挟む視線をエリオットから陛下に戻す。
許しの言葉を告げていない私にもう良いのかという視線を返されたが、まだまだ本番はこれからですから。
にっこりと微笑むと陛下は苦笑い。
次にこの話の元凶であるジュリに視線が向けられた。
「さて、ジュリとやら。お主の件に関しても報告があがっておる」
陛下がそう言うとジュリがびくりと震える。
報告って何の、と言いたげな表情だけれどわかっているでしょう?
貴女色々しているものね。
「恐れながら陛下」
「何だ?」
「そのご報告に関して、引き続き私からジュリさんにお話をしてもよろしいでしょうか?」
「ふむ」
口を挟んだ私を咎めず興味深そうに顎髭をさする陛下。
んん、素敵なおじさまのその仕草最高です。
ここがこんな場でなければ叫んでいたところだわ。
「許可しよう。一番の被害者はお主だろうからな」
「感謝致します」
これだってこの場でわざわざやる必要のない話だが、私の思惑に気付いたのだろう。
許可を出すその表情は酷く楽しそうだ。
傍らにいる王妃様も表面上はとても美しい微笑みを浮かべたままだが、やっちまいなと親指を立てているのがありありとわかる。
王妃様もあのジュリには手を焼いていたからね。
可愛い息子がこんな女に良いように使われているのも気に食わないし、自惚れではなくお気に入りの私が悪様に言われているのも気に食わなかったらしい。
仮にジュリがゲーム通りの良い子だったら良かったのだろうけど、まあお察しである。
誰だってあちらこちらに尻尾振ってる見境のない女をお嫁さんにはしたくないわよね。
特に王族なら尚更。
つい先日呼び出されたお茶会で今日の事を少し仄めかしたら『貴女の好きになさい。いくらでも援護するわ』と太鼓判を押されましたとも、ええ。
王妃様の口から陛下にも色々と伝わっているのだろう。
両陛下の許可が得られればこちらのもの。
私を断罪して恥をかかせようとしたんでしょうが、そうは問屋は卸しません。
大勢の前で侮辱してくれたんだから、当然同じようにやり返される覚悟はあるわよね?
ここから全力で反撃させていただきます。
「ジュリさん」
「な、何よ」
声を掛けると一瞬びくりとしたジュリだったが、相手が私という事もあり対する返事は強気だ。
私になら勝てると思ってるんだろうなあ。
ジュリが正義で『シャーロット』が悪。
これまでどんなに虐げてもやり返して来なかったから、ここでもどうにかしてやりこめてやろうという気概を感じる。
私がやり返して来なかったのは確実に証拠を集める為と単に相手にするのが面倒なだけだったのだが、ジュリと周りの塵芥達は私に反撃をするだけの力も根性もないものと思い込んでいる。
ゲームの『悪役令嬢』が力も根性もない訳ないでしょうに。
「まずはお礼を言わせて欲しいの」
「え?」
何言ってんだこいつという顔で見られる。
周りの皆も同様だ。
私がジュリにお礼を言う理由はただひとつ。
「私とエリオット様の婚約を破棄させてくれて、本当にありがとう」
この日をどれだけ待ち侘びた事か。
「な、どうして?どうしてそんなに嬉しそうなのよ!?」
「だから、婚約破棄出来たからよ?」
「だからどうして婚約破棄されて嬉しそうなのよ!?エリオットくんが好きなんでしょ!?」
「いいえ、全く。これっぽっちも」
晴れ晴れとした気持ちで自然と浮かぶ笑みを溢れさせて告げると、ジュリとエリオットの表情が凍りつき周りの面々は戸惑っている。
そうよね、私がこの塵芥を好きだと、愛していると思っていたんですものね。
ありえない勘違いをずっとしていたんですものね。
「国が決めた婚約者だもの、それ以上でもそれ以下でもないわ」
「ど、どういう事だ!?お前は俺を愛していたのでは……!?」
「ですからこれっぽっちも愛しておりませんと申しております」
「な、な……!?」
一瞬復活したエリオットが淡々とした私のセリフにショックを受けている。
嫌っている相手に好かれていないとわかってどうしてショックを受けているのかしら。
そしてやっぱりまだ私が自分を愛していると勘違い続行中だったのね。
「まあまあもしかして貴方を好きだから自分の心を慰める為にわざわざ謝罪させたとでも思っていらっしゃるの?婚約破棄された暁には私が泣いて貴方に縋り喜んで愛人にでもなると思っていらしたのかしら?」
「……っ」
ぎくりと固まるエリオット。
一瞬の態度がそれを肯定していて、さすがの陛下も頭を抱えている。
「まあ、愛人だなんて……」
「ノックス公爵令嬢に対してなんて失礼な」
「でもあのお方ならそう考えていても不思議ではないわね」
愛人発言に周りからひそひそと嫌悪の視線がエリオットに注がれる。
その前からも注がれていたけど。
「そ、そんな訳ないだろう!な、な、何故婚約破棄した相手を愛人などに……!」
『あんな女、婚約破棄した暁には愛人として侍らせる予定だ。その方があいつも嬉しいだろう。身体だけでも俺に差し出せるのだからな!呼べば喜んで俺の所に来るはずだ!』
「!!!!!」
慌てて言い訳をするエリオットに無言のまま偶然聞いてしまい録音したその音声を流す。
この音声を録音しているのは魔道具のひとつで、近くにいなければ録音出来ないがその分録音再生が魔力を流し込むとすぐに出来るのだ。
有事の際の証拠集めとして常に身に付けているネックレスがそれで、咄嗟に魔力を込め録音した私グッジョブ。
動かぬ証拠というやつである。
取り巻き達が自分達にもたまに貸して下さいなんて糞のようなセリフが続き、あんなので良ければいつでも貸してやる、なんて最低な発言で一旦切る。
「喜んで、ねえ」
「……っ」
ふっ、と鼻で笑うとエリオットその他がびくりと震えて固まる。
「お前は、本当になんという……!」
「エリオット、貴方……!」
陛下も王妃様も怒り心頭である。
息子は可愛いが息子より元未来の嫁が可愛い王妃様に至っては背後に般若が現れている。
握り締めた扇子が砕けそうな程に軋んでいる。
同じ女性として、息子が女性、しかもこの時はまだ婚約者でもある私に対してこんなセリフを吐いていただなんて許せないのだろう。
気持ちを利用して女としての尊厳を奪いあまつさえ第三者に貸し出そうとするなんて普通に考えて下衆以外の何者でもない。
本当にまともなご両親で良かった。
頭のおかしい人だと、息子の相手を出来のに何の不満があるのです!身体くらい差し出しなさい!とかトチ狂った事を言いかねないものね。
本当に良かった。
「こちらの発言は私への侮辱以外の何物でもありませんわね。正式に公爵家より抗議させていただきます」
実際に婚約破棄されて、拒否したとしても無理矢理連れ込まれ襲われてしまう可能性だってあったのだ。
エリオットだけでも冗談じゃないのにその他大勢に貸し出すなんて、私の人権をどう考えているのかしら。
そういえば一緒にそれを聞いていたとある方が怒り狂ってあの場で彼らを潰そうとしているのを止めるのが大変だったわ。
ふふふ、まあ私も彼らのイチモツを潰して差し上げたかったけど我慢したのよね、自分を褒めてあげたいわ。
あら、私自分を褒めてばかりね。
仕方ないわよね、今まで散々我慢してきたんですもの、たくさん褒めてあげないと。
「そういう訳で、この結婚は逃れられないものと思っていたのだけれど貴女のお陰で私に何の非もなく破棄出来たの。だからすごくすごく嬉しくて。本当にありがとう!」
「……っ、強がっちゃって、本当は悔しいくせに」
「まあまあ私強がっているように見えて?」
「……っ」
見えないでしょうそうでしょう。
だって本当に本気でもの凄く嬉しいからね!
ジュリだってさっきのエリオットの言葉に引いてるくせに、そんな男と婚約破棄したからって悔しいはずないじゃない。
頭の中ではサンバカーニバル開催中で私も踊り出したいくらいよ!
頭の中のサンバカーニバルを少しずつフェードアウトさせながら話を続ける。
「さて、お礼も言わせていただいたので次に参りましょうか」
「次?」
「貴女が影でしていた色々について」
「い、色々って……」
「色々は、色々よ」
ぱんぱんと手を鳴らすと控えていた従者が証拠の数々を持ってくる。
映像石と言って、様々な映像と音声を同時に記録出来る魔道具だ。
先程のネックレスとは違い、こちらは映像専用。
これひとつで録画も出来るし編集も出来るし立体映像で再生出来る。
おまけに様々な証拠として使えるように偽造防止の魔法がかけられていて、編集は出来るが合成する事は出来ないという優れものである。
「まずは私がしていたという嫌がらせに関して、全てジュリさんの自作自演という証拠がこちらです」
映像を再生させるとそこには自分の持ち物を自分で傷付けたり隠したり、何もない所で突然転んだり池に落ちたり怪我してもいない場所に包帯を巻いているジュリの姿が映し出される。
こうして見ると随分滑稽な姿ね。
「や、やだ、何これ……!」
「次はこちら」
次の映像石から流れたのはジュリの裏の顔。
塵芥その他が知らない、女性陣にだけ見せていたあの姿である。
『自分が相手にされないからって僻んでるの?』
『あはっ、私が言い寄ってるんじゃないのよ?向こうから寄って来るんだものどうしようもないじゃない?』
『残念だったね、私くらい魅力があれば良かったのにねえ』
こうして改めて見るとドラマのワンシーンみたいで面白いわね。
ジュリの態度には腹が立つけど。
「う、嘘よこんなの!こんなの私じゃないわ!どうせあんたが作ったんでしょ!?」
「この映像石は偽造出来ない特殊なものよ。心配なさらずともこの方は間違いなく貴女よ」
「違う!こんなの私じゃない!私じゃないわ、みんな信じてくれるよね!?」
「……」
「その……」
あからさまに視線を逸らす面々。
うん、まあそうだよね。
流石にこの映像石の信憑性はわかりきっているのだろう取り巻き達は何も言えない。
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