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記憶を取り戻したのは学園生活1日目。
朝起きたら自然と前世の記憶が蘇っていた。
何故突然思い出したのかはわからない。
頭を打っただとか強いショックを受けただとかそういうきっかけなど何もなく本当に突然、元からあったかのように自然に頭に植え付けられていた。

記憶を取り戻したとはいえ、私の生活は特に変わらなかった。
パニックにもならず、我ながら肝が据わっているなと感心してしまう。
いつものように起きて、いつものように食事をして、いつものように日々のあれやこれやをこなしていくだけ。
前世での高校生活とはかけ離れた華やかでありつつも穏やかな学園生活を送っていた。

そんな中、主人公のジュリは早い段階で聖女として異世界から召喚された。

「聖女が現れたと伺いました」
「ああ、耳が早いな。昨夜森の泉に現れたんだ。戸惑っているようだったが、すぐに状況を理解していたぞ。流石は聖女とされるだけある。珍しい黒髪で……」

定例となったお茶会でエリオットに訊ねると、ぺらぺらと聞いてもいない情報まで話し始めた。
どうやら一目で聖女の虜になってしまったようだ。

(ゲームの通りね)

ゲームのエリオットルートでは彼は彼女に一目惚れしていた。
しかし政略的に結ばれた婚約者である私がいるから想いを必死に押し殺し、一度は彼女と距離を取ろうとする。
すれ違って回り回ってそれでもやはり好きで諦めきれなくて焦れったいシナリオにものすごくきゅんとしたのを覚えている。

聖女もといジュリもゲーム内ではとても良い子だった。
突然この世界に飛ばされて右も左もわからない状態ながらも懸命に聖女としての役目を果たそうと学園に通いながら魔法を学んだり国の事を学んでいき少しずつ才能を伸ばしていく様は誰だって応援したくなる。

聖女であるジュリが現れ、とんとん拍子でこのこの学園に通い出したのは私達が学園の最終学年に差し掛かる時だった。
城で手厚く保護されており、王太子妃としての教育を受けに何度も城へと通ったが中々会えなかった。
同時に王太子と会う時間も減ってきて、前世の記憶を大分前に思い出していた私はついにこの時がやってきたのだと感じた。

もっと早くに記憶を取り戻したのなら婚約者になどなりたくなかったが、生まれる前から決まっていた婚約にどうやって抗えようか。
どちらにしろ聖女が現れれば婚約など破棄されるとわかっていたから、素直に従うフリをしながらずっとチャンスを待っていた。
だってゲームの中ではどのルートでも漏れなく『シャーロット』は婚約破棄されていたから。
全く関係のないルートでも婚約破棄されるのだから製作者側は余程『シャーロット』が嫌いだったのだろう。

それはそうとして、ジュリがゲームの通り健気な良い子だったらいいな。
それならば友人として接して婚約破棄の時には喜んで身を引こう。
そう思っていた時が私にもありました。
そうです過去形です。

実際のジュリは先述の通りゲームとは違った。
男性連中にはきっと良い子なのだろう。
可愛いし、スタイルも良いし、甘え上手で頼る事も上手くてそれでいて男を立てる事も忘れない。
潤んだ瞳で見上げられればその辺の男なんてイチコロだろう。
しかし、だがしかし。

「エリオットくん!」

なんて、いくらぼんくらでも仮にも我が国の王太子であるエリオットを気軽にそう呼んだ日には流石の私も目玉が飛び出るかと思った。
いや、ゲーム上でそう呼ぶとはわかっていたけれど実際に遭遇して度肝を抜かれてしまった。
おまけに敬語もどこかへと置いてきている始末。
さすがにこれは注意をしなければならない。

「ジュリさん、王太子殿下をそのように気安く呼ぶものではないわ。きちんと敬意を払っていただかないと」
「え?でも、エリオットくんが良いって……」

はいはいそうですね、現代人の感覚からすれば本人が良いと言ったのなら良いだろうという感覚でしょうね。
けれどここは現代の日本でもなければ普通の学校ではない。
王侯貴族の子息令嬢のみが通う事を許された栄光ある学園なのだ。
みんな仲良しなんて理想を掲げるのは勝手だが、ここでは身分を考慮しなければならない。
いやそもそも日本でだって皇太子様を馴れ馴れしくくん付けで呼ばないでしょうよ。

「まあ良いじゃないか、無礼講だ」
「無礼講、でございますか」
「ほーら!エリオットくんもそう言ってるじゃないですか」

エリオットが朗らかに、いや下品なニヤけ顔でそう許可を出す。
途端に勝ち誇ったかのように笑みを深めるジュリ。
どちらも下卑た笑みに見えてしまうのはそこに色々な本音が透けて見えるからだろうか。

いやいやいやそうじゃないでしょう。
王太子という立場の、この場で、この学園ではトップに立つべき人間が自ら守るべき礼儀や規律を乱すような事を許可してどうする。
100歩譲って、学園内にいる全ての人間にそれを許すならば学園内では特別だと納得も出来るが、彼がそれを許したのはジュリのみ。
他の人間がそう呼ぼうものなら即座に不敬罪に問われるだろう。
そもそも婚約者である私が『エリオット様』と敬称を付けて呼んでいるのにも関わらず、聖女とはいえ今はまだ一般の生徒である彼女が親しみを込めてそう呼んでしまっては私の立つ背がない。

(全く、こんなに一瞬で虜にされてしまうなんて)

ゲームをしている時はジュリにそれだけの魅力があるのだから仕方がない、というよりもむしろ主人公を自分に置き換えていたのでばっちこいだったが、いざこの世界で育ち暮らしている身になると二人とも頭がおかしいとしか思えない。

「アレが次期国王かと思うと頭が痛いな」
「しー、同感ですが聞こえたら面倒な事になりますわ」

ジュリに対してでれでれとした笑みを浮かべるエリオットを見てライが呟く。
全くもってその通りなのだが、はっきりと言ってしまえば不敬罪に問われる可能性もある。
仮にもまだれっきとした王太子殿下なのだ。
本当に世も末だけれども。

そのエリオットが不問にするというのならこれ以上私が言うべき事は何もない。
大きな溜め息を吐き出し、呆れて僅かに痛む頭をぐっと堪えた。

「さあジュリ、行こう。シャーロットもこれ以上余計な事は言うなよ」
「……かしこまりました」
「ふふ」

私を諌めジュリを促すエリオット。
勝ち誇ったかのような笑みを浮かべ、嘲るように微笑みながらジュリは促されるまま目の前から立ち去っていった。

「本当に我慢する必要があるのか?どこからどう見ても悪いのはあいつらなのに」
「そうなんですが、まだ証拠が足りません」

婚約者がいるのに例え聖女候補とはいえ他の女を優先するのは王族であろうと非難の対象になる。
だが先述の通りにまだまだ証拠が足りないのだ。
特別な呼び名を許可し、必要以上に親しげ。
はっきりと目に見える証拠がそれしかないのだ。

私が断罪される未来。
その時までは大人しく婚約者に顧みられないみじめな女を演じ続けなければならない。

「だからそれまでは我慢ですよ?お願いしますね」
「……シャーロットがそう言うなら我慢する」
「ありがとうございます」

ライは酷く不満そうだ。
彼はずっと前から私の味方で、私の記憶が戻った事も説明してある。
ただ私の事を盲目的に想っているので、私が蔑ろにされると即座に過激派になる。
それを抑えるのが少し大変なのだが、今の所その過激さが発揮された事はない。
実際に彼が爆発してしまえばそれこそ国家の危機に陥ってしまうくらい彼の実力は計り知れないものがあるので発揮される場面が来ない事を祈るばかりだ。



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