上 下
5 / 8

5

しおりを挟む




「キャス!違うんだ、これはただの遊びなんだ!本気じゃない!」

どんな言い訳が飛び出すのかと思ったら、期待外れにも程がある言葉だった。

遊びだからなんなのかしら。
本気じゃなかったら許されるとでも?

オリオンのセリフに反応して今度はミリーが騒ぎ出す。

「待ってよ!私を愛してるって言ったじゃない!キャスよりも私の方が良いって!」
「っ、そんなのその時だけのでまかせに決まっているだろう!?」
「嘘よ!だって何度も抱いてくれたじゃない!何度も愛してるって言って、可愛いって言ってくれたじゃない!」
「だからそれも嘘だって!ああいう時のセリフを本気にするなよ!大体、俺にはキャスがいるって知ってるだろ?お前にだって婚約者がいるし、お互い遊びのつもりだったはずだ!」
「遊びじゃない!」
「……は?」
「私は、私はずっとオリオンが好きだったの!」

あらまあ。

始まってしまった痴話喧嘩に口を挟まずにいたらミリーがオリオンへ告白してしまった。
さすがのオリオンもこれには戸惑っている。
彼は本気で遊びのみの関係のつもりだったんだろう。
オリオンが最低なのは言うまでもないが、例えオリオンを好きだったとしても自分にも婚約者がいるというのに他所の男と身体の関係を結ぶのは間違っている。
どちらに対しても失礼だ。
オリオンに同情する気はこれっぽっちもないけど。

「す、好き?いや、それこそ嘘だろ。だってお前他にも男いるだろ?」
「いないわよ!オリオンが初めてだったんだから!」
「ええ!?」
「フリでも良いからオリオンと式を挙げたいと思ったけど、やっぱりフリは嫌!もう誓いも交わしたし、みんなにも関係バレちゃったんだから責任取って私と結婚してよ!」

しん、と静まり返る会場。
必死のミリーに対し、オリオンは……

「いや、無理」

首を振り、本気で嫌そうな顔をしながらミリーの申し出をきっぱりと拒否した。

「どうしてよ!?」
「俺はキャスを愛しているんだ!」
「っ、何よ、私のどこがキャスに劣るっていうの!?」
「全部だよ全部!顔も身体も性格も身持ちの固さも!」

意外だわ。
私、思った以上にオリオンに愛されているのね。
ミリーに手を出したのだからてっきり愛情なんて枯れているものだと思っていた。

「キャス」
「大丈夫よ」

気遣うようなヒースの視線。
愛されているのだと知り、私がオリオンを許すのではないかと心配しているのだろう。
その心配は無用だ。

だって、オリオンの気持ちを知っても『だから何?』としか思えないのだから。

さらりと引導を渡すだけのつもりだったのにとんだ茶番を見せつけられて溜め息が出る。

「キャス」

ミリーがショックで呆然としているのを放って、オリオンは再度私へと向き直る。
正直こっちを見ないで欲しいがそうもいかない。

「浮気したのはごめん、本当に申し訳ないと思ってる。でも俺は本当にキャスを愛しているんだ。婚約した時から、いや、婚約する前から愛してる。一目惚れなんだ。ずっとずっとキャスだけを愛しているんだ!今日のこの日をどれだけ楽しみにしていたか……!頼む、許してくれ、何でもするから!」

私へと手を伸ばし触れようとするのをヒースが止めてくれる。

「汚い手でキャスに触らないでくれる?」
「っ、ヒース……!お前には関係ないだろう!?そこをどけ!」
「いやいや、俺の婚約者寝取っておいて関係ないはないでしょう」
「あ……!」

ここで初めてミリーの婚約者がヒースだったと思い出したようだ。
ずっと隣にいたのに遅すぎる。
そして今更私の隣に立つヒースに嫉妬と憎しみの籠もった視線を向けている。

バカみたい。
こんな風に隣に他の男が立つだけで、自分が触れようとしたのを止められただけで嫉妬して怒るくらいなら最初から浮気なんてしなければ良いのに。

「まあ俺の事はどうでも良いか。今はキャスの返事を聞きたいだろうし」
「!そうだ、キャス!キャスは俺を許してくれるよな!?ずっと俺との結婚を楽しみにしていただろう?俺と一緒になろう!結婚したら、俺はずっとキャスだけを見つめ続けるから!」
「…………ない」
「え?」

返事を促すオリオンにぼそりと呟く。

「ありえないって言ったのよ」
「きゃ、キャス?」
「愛してる?許してくれ?楽しみに?一緒に?見つめ続ける?はあ!?」

オリオンのセリフひとつひとつが癇に障り怒りが込み上げてくる。

「冗談じゃないわ!誰が浮気者を許すものですか!一緒になる?あなたと?絶対に嫌!婚前から浮気していた人がまたしないなんて言い切れないし、何より気持ちが悪い!」
「き、気持ちが、悪い……!?」

ガン、とショックを受けるオリオン。
気持ち悪いと言われただけで何のショックを受けているのやら。
あなた達の行為を目撃した昨日の私はもっとショックだったわよ。

「とにかく婚約は破棄します。というかもうしています。あなたと結婚はしません。絶対に」

婚約者として過ごしていた中で、確かに好きだと感じていた。
愛を感じていたかと問われると難しいが、結婚したら芽生えるはずだと思っていた。
けれど昨日あの場面を目撃した時点で嫌悪が勝り、今日のこの醜態で全てが醒めた。

「待ってくれ!俺は本当に君を愛しているんだ!頼む!信じてくれ!婚約が破棄されたのならもう一度婚約を……!」
「するはずないでしょう?そうでなくても私を愛してると言いながら他の女を抱くような人との婚約だなんてお断りだわ」
「そんな……!待ってくれ、俺は本当に君を……!」

「さようなら。二度と私の前に現れないで」

縋るような仕草をするオリオンに最後は冷たく言い放つ。
これ以上私から彼に伝える言葉はない。

「次は俺の番かな?」

こちらに向かってこようとするオリオンが親族の手によって押さえつけられているのを見てヒースがにこやかに前に出る。
そう、非難されるべきはもう一人いるのだ。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】浮気現場を目撃してしまい、婚約者の態度が冷たかった理由を理解しました

紫崎 藍華
恋愛
ネヴィルから幸せにすると誓われタバサは婚約を了承した。 だがそれは過去の話。 今は当時の情熱的な態度が嘘のように冷めた関係になっていた。 ある日、タバサはネヴィルの自宅を訪ね、浮気現場を目撃してしまう。 タバサは冷たい態度を取られている理由を理解した。

【完結】婚約者の好みにはなれなかったので身を引きます〜私の周囲がそれを許さないようです〜

葉桜鹿乃
恋愛
第二王子のアンドリュー・メルト殿下の婚約者であるリーン・ネルコム侯爵令嬢は、3年間の期間を己に課して努力した。 しかし、アンドリュー殿下の浮気性は直らない。これは、もうだめだ。結婚してもお互い幸せになれない。 婚約破棄を申し入れたところ、「やっとか」という言葉と共にアンドリュー殿下はニヤリと笑った。私からの婚約破棄の申し入れを待っていたらしい。そうすれば、申し入れた方が慰謝料を支払わなければならないからだ。 この先の人生をこの男に捧げるくらいなら安いものだと思ったが、果たしてそれは、周囲が許すはずもなく……? 調子に乗りすぎた婚約者は、どうやら私の周囲には嫌われていたようです。皆さまお手柔らかにお願いします……ね……? ※幾つか同じ感想を頂いていますが、リーンは『話を聞いてすら貰えないので』努力したのであって、リーンが無理に進言をして彼女に手をあげたら(リーンは自分に自信はなくとも実家に力があるのを知っているので)アンドリュー殿下が一発で廃嫡ルートとなります。リーンはそれは避けるべきだと向き合う為に3年間頑張っています。リーンなりの忠誠心ですので、その点ご理解の程よろしくお願いします。 ※HOT1位ありがとうございます!(01/10 21:00) ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも別名義で掲載予定です。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

両親からも婚約者からも愛されません

ララ
恋愛
妹が生まれたことで、私の生活は一変した。 両親からの愛を妹が独り占めをして、私はすっかり蚊帳の外となった。 そんな生活に終わりを告げるように婚約が決まるが……

幼馴染が熱を出した? どうせいつもの仮病でしょう?【完結】

小平ニコ
恋愛
「パメラが熱を出したから、今日は約束の場所に行けなくなった。今度埋め合わせするから許してくれ」 ジョセフはそう言って、婚約者である私とのデートをキャンセルした。……いったいこれで、何度目のドタキャンだろう。彼はいつも、体の弱い幼馴染――パメラを優先し、私をないがしろにする。『埋め合わせするから』というのも、口だけだ。 きっと私のことを、適当に謝っておけば何でも許してくれる、甘い女だと思っているのだろう。 いい加減うんざりした私は、ジョセフとの婚約関係を終わらせることにした。パメラは嬉しそうに笑っていたが、ジョセフは大いにショックを受けている。……それはそうでしょうね。私のお父様からの援助がなければ、ジョセフの家は、貴族らしい、ぜいたくな暮らしを続けることはできないのだから。

旦那様は私に隠れて他の人と子供を育てていました

榎夜
恋愛
旦那様が怪しいんです。 私と旦那様は結婚して4年目になります。 可愛い2人の子供にも恵まれて、幸せな日々送っていました。 でも旦那様は.........

【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!

さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」 「はい、愛しています」 「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」 「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」 「え……?」 「さようなら、どうかお元気で」  愛しているから身を引きます。 *全22話【執筆済み】です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/09/12 ※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください! 2021/09/20  

皇太子から愛されない名ばかりの婚約者と蔑まれる公爵令嬢、いい加減面倒臭くなって皇太子から意図的に距離をとったらあっちから迫ってきた。なんで?

下菊みこと
恋愛
つれない婚約者と距離を置いたら、今度は縋られたお話。 主人公は、婚約者との関係に長年悩んでいた。そしてようやく諦めがついて距離を置く。彼女と婚約者のこれからはどうなっていくのだろうか。 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...