4 / 8
4
しおりを挟む「………………え?」
ぽかんと目を見開きミリーを見つめるオリオンに吹き出してしまいそうになるのを堪える。
隣のヒースも同じく吹き出しそうなのかふるふると震えている。
驚くのも無理はない。
だって私だと思っていた花嫁が浮気相手だったんだもの。
それにしてもあまりに間抜けな顔だ。
でもまさかベールを取るまで気付かないとは思わなかった。
ミリーが一言も発していないのもあるけれど、そうでなくとも私を良く知っていれば私があんなドレスを着るはずがないとわかるはずだし、何より何度も抱いているはずのミリーの身体がわからなかったのだろうか。
私の予想では扉が開いて歩いている段階でオリオンが違和感に気付き騒ぎ始めると思っていたのに大誤算だ。
「俺の言った通りだっただろ?」
ヒースは『下心しかない奴はキスの直前まで気付かないと思うぞ』と言っており、まさにその通りになりニヤリと笑われる。
そんな場合ではないのに少し小突いてしまった。
「どういう事だ!?」
ミリーの登場で呆然としていたオリオンがハッとして叫び出す声に私達は顔を見合わせ頷いた。
「何故ミリーが!?キャスは、キャスはどこだ!?」
「何をそんなに騒いでいるのよ?」
「当たり前だろう!?今日は俺とキャスの結婚式だぞ!?」
「え?でも……」
「これはどういう事だ!?キャスはどこに……!」
「ここよ」
「!」
参列者の列から立ち上がる。
私の姿を見つけた途端にオリオンはホッとしたような笑みを浮かべたが、私の真っ黒なドレスを見て目を瞬いた。
「きゃ、キャス?どうしたんだいその格好は?どうして黒なんて……?」
「私の格好なんてどうでも良いでしょう?それよりも花嫁を置いてきてるわよ」
即座に私の方へと駆け寄ってくるオリオン。
置き去りにされたミリーが慌てて、でも動き難いのかゆっくりと後を追ってきている。
「花嫁は、君だろう?」
「……」
両手を広げ、さあおいでとまるで私が飛び込んできてくれるのを待つかのようなポーズを取るオリオン。
いや、こんな状況で飛び込む訳ないわよね?
「ほら、キャス、早く着替えて……いや、そのままでも良い!俺と誓いのキスを」
「するはずがないでしょう?ついさっきミリーと誓いを交わしたばかりなのに何を馬鹿な事を言っているの?」
「!!!いや、それは……!」
すっぱりと言い放つと何か言い訳をしようとしているが何も言えず。
花嫁が違う事に気付かずに誓いの言葉を述べるなんて、この人はこれまで私の何を見てきたのかしら。
(というかこの人気付いていないのかしら)
本来の花嫁である私が真っ黒なドレスを着て参列者の席にいるのも、花嫁が別の人間に代わっている事も普通はかなりの大騒ぎになるはずだ。
それなのにこの場で騒いでいるのが自分だけだという事に、彼は未だに気付いていないようだ。
*
実は昨日、あの後で式の花嫁を挿げ替える計画の話し合いをした時にヒースから両親には伝えた方が良いと言われた。
言ったところでどうなるのだろうと躊躇う私に彼は自信満々に『悪いようにはならない』と断言。
そんな馬鹿なと思いつつ、ヒースを伴い両親へオリオンの浮気とこのまま式を挙げたくない旨を説明すると、私の予想に反して両親、特に父がオリオンに激怒。
『結婚後でも許せんが結婚前に浮気だと!?しかもミリーと!?良いぞ!式なんぞ中止にしろ!婚約も破棄だ!奴の家に今すぐ連絡しろ!』
そう言い放ちすぐさま彼の両親へと連絡。
そのままオリオンを殴りに行きそうな勢いの父を止め、慌ててふためきながらも今日のこの計画を話した。
『花嫁をミリーに?そうか、そうだな。想い合っている二人が式を挙げるのが一番だものな!よしすぐに参加者全員に報せを!くれぐれもオリオンには勘付かれるなよ!』
そしてあっという間に伝令が走り、オリオンのご両親にも説明がされあれよあれよと私は花嫁でなくなった。
最初はまさかうちの子がと言っていたご両親だが、ヒースの持っていた証拠を見て顔面蒼白。
すぐに頭を下げてきた。
父も母もすぐに婚約破棄に向けて動いてくれた。
全面的に私の味方になってくれた。
(心配する事なんて何もなかったのね)
両親の反応にホッとする。
それに嬉しい。
味方になってくれないかもと疑っていた自分が恥ずかしい。
こんなにも愛されて大切にされていたというのに。
両親の問題はさらりと解決し、次はミリーだ。
だがこちらも言い方は悪いがちょろかった。
『実はキャスが急病にかかってしまって明日の式を行えなくなったんだ。だが花嫁が急病だなんて縁起が悪い。そこで、明日の式はミリーが代わりに出てくれないだろうか?』
『え?私が?』
『幸い背格好も似ているし、両家で話はついている。式だけ代わりに出てもらえればそれで良いんだ。何も本当に結婚しろと言っている訳ではない。こちらの体裁を整える為に、頼まれてはくれないか?』
ミリーを呼び出した父からのそんなありえない頼みに意気揚々と頷いたらしい。
ミリーったらこんなにおバカさんだったかしら?
直前での頼み事、しかも浮気相手との式の代役なんて普通裏があると疑いそうなものなのに。
恐らく『フリとはいえオリオンと式を挙げられる』というのが刺さったのだろう。
そもそもオリオンと浮気をしたのが元々彼を好きだったからなのか私を蹴落としたいが為なのか見下したいが為なのかはわからないけれど、彼女の優越感を満たすには十分は舞台だとでも思ったに違いない。
(こちらには好都合だったけど)
ミリーが拒否した場合は無理矢理拘束してでも参加させると父は言っていたし、大人しく代わりを務めてくれるのは万々歳だ。
ウェディングドレスを着る時も上機嫌で、髪型やメイクにあれやこれやとうるさく注文をつけていたらしい。
*
という訳で、実はこの場にいるオリオンとミリー以外は全て事情を把握しているのだ。
さすがに直前で参加者全員、それもオリオン以外に知らせられるものかと思っていたが、結果として出来た。
逆に式直前という事もあり、皆が近くにいたから出来たのだろう。
そしてわざわざ花嫁を挿げ替えなくともという意見もあったが、これには私の母が静かにキレていた。
『まあまあまあまあまあ穏便に婚約破棄だけで済ませと仰るの?キャスは被害者よ?それにこちらのヒースも被害者だわ。被害者同士が泣く泣く身を引いて加害者を祝福して差し上げると言っているのよ?二人の優しさを無碍にするつもり?可哀想に、無駄に傷付いたばかりか優しさまで否定されるなんて』
とかなんとか色々言って(実際はこの三倍くらいは捲し立てていた)押し通していた。
母よ、ありがとう。
「え?待って待って?これってフリなんでしょ?ていうか何でキャスがいるのよ?急病なんじゃなかったの?」
ここでやっとミリーが追いついてきた。
当然だが私の姿を見てどういう事かと訊ねてくる。
「嘘よ」
「は?嘘?」
私の返事にミリーはぽかんとしている。
何故そんな嘘を、と視線で問われる。
何故なんてそんなの決まっている。
「だってあなた、オリオンを愛しているんでしょう?オリオンもあなたを愛しているようだし、だから譲ってあげようと思って嘘を吐いて御膳立てしてあげたの。式の真似事だけでも出来たのだからもっと喜んで」
にっこりと微笑み証拠を突き付けなら言う私に、オリオンとミリーは小さく悲鳴をあげた。
「なっ、ち、ちが、これはその……!」
「待って、なんで、これ、いや……!」
咄嗟に言い訳をしようとしているのだろうけれども二人とも吃っていて何を言いたいのかさっぱりわからない。
証拠はヒースが揃えてくれたもので、二人がそいういう事をしている場面の写真達だ。
あられもない姿をしている物もあり、ばら撒かれたそれを必死にかき集めている。
助けを求めようと周りを縋るように見渡すが、この場にいるのは私達の味方だけ。
誰も彼もが婚約者がありながら浮気をした二人に冷たい視線を向けている。
誰も助けてくれないと察して先に口を開いたのはオリオンだった。
58
お気に入りに追加
2,749
あなたにおすすめの小説
自分勝手な側妃を見習えとおっしゃったのですから、わたくしの望む未来を手にすると決めました。
Mayoi
恋愛
国王キングズリーの寵愛を受ける側妃メラニー。
二人から見下される正妃クローディア。
正妃として国王に苦言を呈すれば嫉妬だと言われ、逆に側妃を見習うように言わる始末。
国王であるキングズリーがそう言ったのだからクローディアも決心する。
クローディアは自らの望む未来を手にすべく、密かに手を回す。
【完結】可愛くない、私ですので。
たまこ
恋愛
華やかな装いを苦手としているアニエスは、周りから陰口を叩かれようと着飾ることはしなかった。地味なアニエスを疎ましく思っている様子の婚約者リシャールの隣には、アニエスではない別の女性が立つようになっていて……。
七年間の婚約は今日で終わりを迎えます
hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。
【完結】嗤われた王女は婚約破棄を言い渡す
干野ワニ
恋愛
「ニクラス・アールベック侯爵令息。貴方との婚約は、本日をもって破棄します」
応接室で婚約者と向かい合いながら、わたくしは、そう静かに告げました。
もう無理をしてまで、愛を囁いてくれる必要などないのです。
わたくしは、貴方の本音を知ってしまったのですから――。
アリシアの恋は終わったのです【完結】
ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。
その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。
そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。
反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。
案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。
ーーーーー
12話で完結します。
よろしくお願いします(´∀`)
幼馴染が熱を出した? どうせいつもの仮病でしょう?【完結】
小平ニコ
恋愛
「パメラが熱を出したから、今日は約束の場所に行けなくなった。今度埋め合わせするから許してくれ」
ジョセフはそう言って、婚約者である私とのデートをキャンセルした。……いったいこれで、何度目のドタキャンだろう。彼はいつも、体の弱い幼馴染――パメラを優先し、私をないがしろにする。『埋め合わせするから』というのも、口だけだ。
きっと私のことを、適当に謝っておけば何でも許してくれる、甘い女だと思っているのだろう。
いい加減うんざりした私は、ジョセフとの婚約関係を終わらせることにした。パメラは嬉しそうに笑っていたが、ジョセフは大いにショックを受けている。……それはそうでしょうね。私のお父様からの援助がなければ、ジョセフの家は、貴族らしい、ぜいたくな暮らしを続けることはできないのだから。
【完結】私は関係ないので関わらないでください
紫崎 藍華
恋愛
リンウッドはエルシーとの婚約を破棄し、マーニーとの未来に向かって一歩を踏み出そうと決意した。
それが破滅への第一歩だとは夢にも思わない。
非のない相手へ婚約破棄した結果、周囲がどう思うのか、全く考えていなかった。
「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう
天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。
侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。
その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。
ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる