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「………………え?」

ぽかんと目を見開きミリーを見つめるオリオンに吹き出してしまいそうになるのを堪える。
隣のヒースも同じく吹き出しそうなのかふるふると震えている。

驚くのも無理はない。
だって私だと思っていた花嫁が浮気相手だったんだもの。
それにしてもあまりに間抜けな顔だ。

でもまさかベールを取るまで気付かないとは思わなかった。
ミリーが一言も発していないのもあるけれど、そうでなくとも私を良く知っていれば私があんなドレスを着るはずがないとわかるはずだし、何より何度も抱いているはずのミリーの身体がわからなかったのだろうか。

私の予想では扉が開いて歩いている段階でオリオンが違和感に気付き騒ぎ始めると思っていたのに大誤算だ。

「俺の言った通りだっただろ?」

ヒースは『下心しかない奴はキスの直前まで気付かないと思うぞ』と言っており、まさにその通りになりニヤリと笑われる。
そんな場合ではないのに少し小突いてしまった。

「どういう事だ!?」

ミリーの登場で呆然としていたオリオンがハッとして叫び出す声に私達は顔を見合わせ頷いた。

「何故ミリーが!?キャスは、キャスはどこだ!?」
「何をそんなに騒いでいるのよ?」
「当たり前だろう!?今日は俺とキャスの結婚式だぞ!?」
「え?でも……」
「これはどういう事だ!?キャスはどこに……!」

「ここよ」
「!」

参列者の列から立ち上がる。
私の姿を見つけた途端にオリオンはホッとしたような笑みを浮かべたが、私の真っ黒なドレスを見て目を瞬いた。

「きゃ、キャス?どうしたんだいその格好は?どうして黒なんて……?」
「私の格好なんてどうでも良いでしょう?それよりも花嫁を置いてきてるわよ」

即座に私の方へと駆け寄ってくるオリオン。
置き去りにされたミリーが慌てて、でも動き難いのかゆっくりと後を追ってきている。

「花嫁は、君だろう?」
「……」

両手を広げ、さあおいでとまるで私が飛び込んできてくれるのを待つかのようなポーズを取るオリオン。

いや、こんな状況で飛び込む訳ないわよね?

「ほら、キャス、早く着替えて……いや、そのままでも良い!俺と誓いのキスを」
「するはずがないでしょう?ついさっきミリーと誓いを交わしたばかりなのに何を馬鹿な事を言っているの?」
「!!!いや、それは……!」

すっぱりと言い放つと何か言い訳をしようとしているが何も言えず。
花嫁が違う事に気付かずに誓いの言葉を述べるなんて、この人はこれまで私の何を見てきたのかしら。

(というかこの人気付いていないのかしら)

本来の花嫁である私が真っ黒なドレスを着て参列者の席にいるのも、花嫁が別の人間に代わっている事も普通はかなりの大騒ぎになるはずだ。
それなのにこの場で騒いでいるのが自分だけだという事に、彼は未だに気付いていないようだ。







実は昨日、あの後で式の花嫁を挿げ替える計画の話し合いをした時にヒースから両親には伝えた方が良いと言われた。
言ったところでどうなるのだろうと躊躇う私に彼は自信満々に『悪いようにはならない』と断言。
そんな馬鹿なと思いつつ、ヒースを伴い両親へオリオンの浮気とこのまま式を挙げたくない旨を説明すると、私の予想に反して両親、特に父がオリオンに激怒。

『結婚後でも許せんが結婚前に浮気だと!?しかもミリーと!?良いぞ!式なんぞ中止にしろ!婚約も破棄だ!奴の家に今すぐ連絡しろ!』

そう言い放ちすぐさま彼の両親へと連絡。
そのままオリオンを殴りに行きそうな勢いの父を止め、慌ててふためきながらも今日のこの計画を話した。

『花嫁をミリーに?そうか、そうだな。想い合っている二人が式を挙げるのが一番だものな!よしすぐに参加者全員に報せを!くれぐれもオリオンには勘付かれるなよ!』

そしてあっという間に伝令が走り、オリオンのご両親にも説明がされあれよあれよと私は花嫁でなくなった。
最初はまさかうちの子がと言っていたご両親だが、ヒースの持っていた証拠を見て顔面蒼白。
すぐに頭を下げてきた。

父も母もすぐに婚約破棄に向けて動いてくれた。
全面的に私の味方になってくれた。

(心配する事なんて何もなかったのね)

両親の反応にホッとする。
それに嬉しい。
味方になってくれないかもと疑っていた自分が恥ずかしい。
こんなにも愛されて大切にされていたというのに。

両親の問題はさらりと解決し、次はミリーだ。
だがこちらも言い方は悪いがちょろかった。

『実はキャスが急病にかかってしまって明日の式を行えなくなったんだ。だが花嫁が急病だなんて縁起が悪い。そこで、明日の式はミリーが代わりに出てくれないだろうか?』
『え?私が?』
『幸い背格好も似ているし、両家で話はついている。式だけ代わりに出てもらえればそれで良いんだ。何も本当に結婚しろと言っている訳ではない。こちらの体裁を整える為に、頼まれてはくれないか?』

ミリーを呼び出した父からのそんなありえない頼みに意気揚々と頷いたらしい。
ミリーったらこんなにおバカさんだったかしら?
直前での頼み事、しかも浮気相手との式の代役なんて普通裏があると疑いそうなものなのに。

恐らく『フリとはいえオリオンと式を挙げられる』というのが刺さったのだろう。
そもそもオリオンと浮気をしたのが元々彼を好きだったからなのか私を蹴落としたいが為なのか見下したいが為なのかはわからないけれど、彼女の優越感を満たすには十分は舞台だとでも思ったに違いない。

(こちらには好都合だったけど)

ミリーが拒否した場合は無理矢理拘束してでも参加させると父は言っていたし、大人しく代わりを務めてくれるのは万々歳だ。
ウェディングドレスを着る時も上機嫌で、髪型やメイクにあれやこれやとうるさく注文をつけていたらしい。






という訳で、実はこの場にいるオリオンとミリー以外は全て事情を把握しているのだ。
さすがに直前で参加者全員、それもオリオン以外に知らせられるものかと思っていたが、結果として出来た。
逆に式直前という事もあり、皆が近くにいたから出来たのだろう。

そしてわざわざ花嫁を挿げ替えなくともという意見もあったが、これには私の母が静かにキレていた。

『まあまあまあまあまあ穏便に婚約破棄だけで済ませと仰るの?キャスは被害者よ?それにこちらのヒースも被害者だわ。被害者同士が泣く泣く身を引いて加害者を祝福して差し上げると言っているのよ?二人の優しさを無碍にするつもり?可哀想に、無駄に傷付いたばかりか優しさまで否定されるなんて』

とかなんとか色々言って(実際はこの三倍くらいは捲し立てていた)押し通していた。
母よ、ありがとう。

「え?待って待って?これってフリなんでしょ?ていうか何でキャスがいるのよ?急病なんじゃなかったの?」

ここでやっとミリーが追いついてきた。
当然だが私の姿を見てどういう事かと訊ねてくる。

「嘘よ」
「は?嘘?」

私の返事にミリーはぽかんとしている。
何故そんな嘘を、と視線で問われる。
何故なんてそんなの決まっている。

「だってあなた、オリオンを愛しているんでしょう?オリオンもあなたを愛しているようだし、だから譲ってあげようと思って嘘を吐いて御膳立てしてあげたの。式の真似事だけでも出来たのだからもっと喜んで」

にっこりと微笑み証拠を突き付けなら言う私に、オリオンとミリーは小さく悲鳴をあげた。

「なっ、ち、ちが、これはその……!」
「待って、なんで、これ、いや……!」

咄嗟に言い訳をしようとしているのだろうけれども二人とも吃っていて何を言いたいのかさっぱりわからない。

証拠はヒースが揃えてくれたもので、二人がそいういう事をしている場面の写真達だ。
あられもない姿をしている物もあり、ばら撒かれたそれを必死にかき集めている。

助けを求めようと周りを縋るように見渡すが、この場にいるのは私達の味方だけ。
誰も彼もが婚約者がありながら浮気をした二人に冷たい視線を向けている。

誰も助けてくれないと察して先に口を開いたのはオリオンだった。

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