8 / 12
8
しおりを挟む「あの、ありがとうございました」
いつものように部屋の前まで送ってもらってしまった。
パーティの件もあって気まずかったが、どうしても送らせてくれと言われては断れない。
お礼を言い、部屋に入ろうとすると……
「シルク、申し訳ない」
「え?」
アーノルドが頭を下げてきた。
え?え?何の謝罪?
「昨日の件も今日の件も、うちの団員がシルクをないがしろにしているのに気付いていたのに処罰するタイミングを伺って対応が遅れた俺のせいだ。本当に申し訳ない。しかも俺がいたのにみすみす暴力を……!」
「!そ、そんな、団長は悪くありません!」
アーノルドはいつも私を庇っていてくれた。
『聖女』に対する暴言だけで彼らを処分出来るとは思っていないし、彼があんな風に暴力的な手段に出るなんて想像出来なかったのだから仕方がない。
それにあのニールという男はお偉いさんのお坊ちゃんだし今までの陰口くらいでは処分しようとした所ですぐにそれが取り消されるのは明らかだった。
暴力も未遂で済んだ。
肩を掴まれたけどそれ以外はアーノルドが庇ってくれたから何もなかった。
一人だったら今でも怖くて震えていただろうけど、庇われた背中の逞しさに恐怖は薄れている。
「しかし……」
「いえ、本当に。むしろ私の方がもっとお礼言わないといけないくらいで」
「シルクを守るのは当然だ。礼など必要ない」
「……」
当然。
そうだよね、騎士様だもん、聖女である私を守るのは当然。
責任感の強い彼の義務のようなものだ。
(バカみたい、わかっていたのに特別扱いを期待するなんて)
私だからじゃない、リーアが相手でもちゃんと守ったはず。
いやむしろリーアが相手だったらあの場で八つ裂きにしていたかもしれない。
昨日から沈みまくっている気分が更に沈んでいく。
(あ、まずい)
気が付けば先程一度決壊した涙腺が崩壊し、ぼたぼたと床に染みを作っていた。
「!!!シルク!?」
「っ、す、すみません……っ」
止めようと思っても止まらない。
私の涙にアーノルドが焦るのに気付くがどうにも出来ない。
「そ、そうだよな、怖かったよな?大丈夫、じゃないよな?どうして欲しい?俺に出来る事は何かあるか?」
幸いアーノルドはニールが怖かったから泣いていると思っている。
本当は貴方の特別じゃないから泣いているのだと知ったらどんな顔をするだろうか。
眉を顰めて迷惑そうな顔をするかな。
いや、アーノルドは優しいから困ったような顔をするだろうな。
いっそ嫌ってくれれば良い。
迷惑だと突き放してくれればどれだけ気が楽になるだろう。
でもそれをしないアーノルドだから好きになったのだ。
(抱き締めて欲しい)
そう言ったら抱き締めてくれるだろう。
あくまでただ慰めるだけの手段として。
心には何の感情も抱かず、怯える『聖女』を宥めるために優しく静かに背を撫でてくれるだろう。
「シルク……」
「……っ」
何も言えずにぐずぐずと泣き続けるしかない私。
嫌だな、こんな風に泣いていたら迷惑にしかならないってわかってるのに止まらない。
部屋に入らないと。
部屋の中でならどれだけ泣いても誰にも見られないし迷惑もかけない。
「わた、私、部屋……っ」
泣いてしまう前にさっさと入れば良かった。
片手で涙を拭いながらもう片方で部屋のドアを指す。
それだけでアーノルドには伝わるだろう。
そそくさともう一度頭を下げてドアノブに手をかけたのだが。
「シルク、待って」
「!」
アーノルドにその手を止められた。
ドアに手をかけつつ身体は半分アーノルドの方を向いていた私は、横から彼とドアに挟まれるような体勢になってしまった。
(ち、近い……!)
おまけにドアノブを掴んでいた手に大きな手が重なっていて、悲しみが一瞬吹き飛び嬉しさやら恥ずかしさやら戸惑いやらで頭が混乱する。
「あ、あの、あの……!」
「シルク、その」
混乱する私に気付いているのかいないのか、アーノルドがそのまま何やら話を続けようとした瞬間。
「団長?そんな所で何を……」
「「!!!」」
廊下の向こうから声をかけられた。
「……っ、リーア」
泣き腫らしてぼやけているけれどすぐにわかる。
そこに立っているのはリーアだ。
「シルク?」
「ちが、違うの、これは」
アーノルドが私を泣かせたのだと思われてはまずい。
いや厳密に言うと実際にはアーノルドが原因ではあるのだが、それにおまけに私に迫っているだなんて不名誉まで与えるのはもっとまずい。
いくらリーアの気持ちがアーノルドにないとはいえ、すぐに他の女に迫っていたと知られるのは彼としても本意ではないだろう。
腕の中から抜け出そうとするが、その前に腕が消えた。
……え?消えた?
「何、してるんですか?」
「っ、リーア様、これは……」
「何、して、るん、です、か?」
「ですからこれは違うんです……!」
見るとリーアがアーノルドの腕を壁に押し付けている。
消えたと思ったのはリーアがその腕をどかしたからのようだ。
アーノルドがリーアの力に抗えないはずはない。
されるがままそれを受け入れ、問い詰められ戸惑い必死に言い訳を考えているような姿は鬼の団長などと呼ばれているのが嘘のように可愛らしい。
やはりアーノルドは彼女が好きなんだ。
フラれてもまだ好きなんだ。
目の前でそれをまざまざ見せつけられて再び涙が浮かんでくる。
二人が一緒にいるところなど見たくないと思いつつ、リーアの絶対零度の視線といつになく刺々しい物言いが気になって動けない。
「何が違うんですか?私言いましたよね?シルクを泣かせたら許さないって。貴方頷きましたよね?自信満々に頷きましたよね?絶対に泣かせないって言いましたよね?それなのに舌の根も渇かない内にどうして泣かせてるんですか?」
「これには色々事情があって」
「どんな事情があるんです?まあどんな事情があってもシルクを泣かせた事実は覆せませんし許しませんけど」
矢継ぎ早のリーアのセリフにアーノルドは中々口を挟めずにいる。
「リーア」
「シルク、私が来たからもう大丈夫よ。この脳筋に何されたの?無理矢理襲われそうになった?」
「へ?いや、違……」
「ああこんなに泣いちゃって可哀想に。ほらこっちおいで、よしよし」
「!」
私を引き寄せ抱き締めぽんぽんと頭を撫でたり背を撫でてくるリーア。
ていうか脳筋て。
「リーア」
「うんうん、わかってるよ大丈夫、脳筋に無理矢理迫られたんだよね?もうそんな事させないからね」
「え、あの、違」
「リーア様、俺は決して」
「ちょっと黙っててくれます?」
「うぐ……」
「全く、わざわざ私に許可取ってパーティーに誘うだけなんて言ってたくせに両想いになった途端襲うなんて最低。いくら好きでもやって良い事と悪い事があるでしょう?花束も用意してたから脳筋なのに紳士的なところもあるんだって見直してたのに私の可愛い可愛いシルクに何してくれてるんだか」
また脳筋って言ってる。
ていうかちょっと待って。
無理矢理迫られたなんてありえないし、襲われるなんてもっとありえない。
それに両想いなんかじゃないし。
ん?
待って。
いくら好きでもって何?
両想いって何?
それにリーアの今の言い方だと、アーノルドは最初から私にエスコートを申し込むつもりだったように聞こえる。
え?あれ?
待って待って、もしかして、もしかして……
(私、物凄い勘違いしてたんじゃ……?)
はたと気付くと同時に。
「……両想い?」
「!」
リーアが放ったその単語にアーノルドが大いに反応していた。
11
お気に入りに追加
1,073
あなたにおすすめの小説
「聖女は2人もいらない」と追放された聖女、王国最強のイケメン騎士と偽装結婚して溺愛される
沙寺絃
恋愛
女子高生のエリカは異世界に召喚された。聖女と呼ばれるエリカだが、王子の本命は一緒に召喚されたもう一人の女の子だった。「 聖女は二人もいらない」と城を追放され、魔族に命を狙われたエリカを助けたのは、銀髪のイケメン騎士フレイ。 圧倒的な強さで魔王の手下を倒したフレイは言う。
「あなたこそが聖女です」
「あなたは俺の領地で保護します」
「身柄を預かるにあたり、俺の婚約者ということにしましょう」
こうしてエリカの偽装結婚異世界ライフが始まった。
やがてエリカはイケメン騎士に溺愛されながら、秘められていた聖女の力を開花させていく。
※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。
お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました
群青みどり
恋愛
国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。
どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。
そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた!
「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」
こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!
このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。
婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎
「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」
麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる──
※タイトル変更しました
ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!
沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。
それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。
失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。
アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。
帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。
そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。
再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。
なんと、皇子は三つ子だった!
アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。
しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。
アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。
一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
教会を追放された元聖女の私、果実飴を作っていたのに、なぜかイケメン騎士様が溺愛してきます!
海空里和
恋愛
王都にある果実店の果実飴は、連日行列の人気店。
そこで働く孤児院出身のエレノアは、聖女として教会からやりがい搾取されたあげく、あっさり捨てられた。大切な人を失い、働くことへの意義を失ったエレノア。しかし、果実飴の成功により、働き方改革に成功して、穏やかな日常を取り戻していた。
そこにやって来たのは、場違いなイケメン騎士。
「エレノア殿、迎えに来ました」
「はあ?」
それから毎日果実飴を買いにやって来る騎士。
果実飴が気に入ったのかと思ったその騎士、イザークは、実はエレノアとの結婚が目的で?!
これは、エレノアにだけ距離感がおかしいイザークと、失意にいながらも大切な物を取り返していくエレノアが、次第に心を通わせていくラブストーリー。
【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。
氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。
聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。
でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。
「婚約してほしい」
「いえ、責任を取らせるわけには」
守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。
元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。
小説家になろう様にも、投稿しています。
誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。
木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。
それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。
誰にも信じてもらえず、罵倒される。
そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。
実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。
彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。
故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。
彼はミレイナを快く受け入れてくれた。
こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。
そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。
しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。
むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる