5 / 12
5
しおりを挟む昼間のどきどきを引き摺ったまま治療の時間は過ぎ、あっという間に一日の業務が終わった。
気もそぞろながらいつもより早く終わってしまった。
もしかしたらアーノルドが終了と共に話をしに来てくれるかもと思っていたのだが、団長ともなると忙しくて中々時間が取れないのだろう。
教会の門の前には誰もおらず、少し待ってみたがやはり来ず、私は一人帰路についた。
その途中。
(!団長だ!)
愛しの姿を見つけてすぐに駆け寄ろうとしたのだが、彼が一人ではない事に気付き足を止める。
(リーア?)
アーノルドと一緒にいたのはリーアだった。
リーアも恐らく部屋に戻る途中なのだろう。
でもどうしてアーノルドと?
周りには他に誰もいない。
いつもならリーアは誰かしら伴って帰ってきているのに、今日は一人なのだろうか。
いや、こうしてアーノルドと一緒にいるのだから一人ではない。
では、今日はアーノルドがリーアのお迎えを志願したのだろうか。
それともたまたまそこで出会っただけ?
なんとなく二人一緒の所に声を掛けるのは躊躇われて、つい足を止めたまま二人を見つめる。
すると、アーノルドが何かを言い、リーアが驚いたかのように口に両手を当てた。
アーノルドの手には花束。
リーアがそれを受け取り、まじまじと見つめている。
(まさか……)
アーノルドの表情は遠目でも赤く、照れているようで、その瞳はいつになく緊張しているようにも見えるが隠しきれない愛しさが浮かんでいる。
(嘘、そんな……)
目の前の光景に対する答えはただ一つ。
(リーアが、団長の想い人?)
その答えに行き着くまでに時間はかからなかった。
団員の間でも噂になっていたアーノルドの想い人。
『素晴らしい人』
確かにリーアならば誰よりも『素晴らしい人』だろう。
(ははっ、はははっ、敵うはずがない)
リーア相手に私が、どう考えたって勝ち目なんてない。
みんなに認められている聖女で、みんなが敬って、それでいて可愛くて綺麗で性格も良くて、儚そうに見えて芯はしっかりしているし優しくて頼り甲斐もあって、こんなに良い女二人といないというくらいの最上の人だ。
そうか、アーノルドが私を庇ってくれていたのはリーアが好きだからか。
好きな人の仲間ならば優しくするのは当然だ。
さっきのパーティーの話題の時も、リーアのパートナーが誰なのか探りをいれようとしていたのだろうか。
とっくに失恋していたけれど、勘違いしなくて良かった。
万が一、億にひとつでも実はアーノルドは私の事を、なんて思わなくて良かった。
なんて思っている時点でほんの少しは期待していたくせに、言い訳じみた事を考えてしまう。
でもどうするんだろう。
リーアは私がアーノルドを好きだと知っている。
そのアーノルドから誘われて、リーアが受け入れるとは思えない。
それにリーアの相手は例の大型犬騎士に決まっていたはず。
アーノルドは断られるだろう。
『お互い相手のいない者同士、失恋した者同士一緒に出ませんか?あははー』
なんて、弱みにつけ込んで誘ってしまおうかしら。
いやいやそんなの惨めすぎる。
けれどアーノルドならばきっと内心虚しいと思いながらも頷いてくれるだろう。
百パーセント同情でしかないけれど、仕方がないなと受け入れてくれるはず。
(一度だけでも団長にエスコートされて、一曲だけでも踊れるのなら……)
それも良いかもしれない。
どんなに惨めでも虚しくても例え一瞬で夢が終わってしまうとしてもそうしたいと心が叫んでいる。
けれど、でも。
ああもう、こんな時に限って普段は仕事をしていないプライドというものが邪魔をする。
どうせなら私が良いからと誘われて参加したい。
他の人を想っている人と一緒になんていけない、だなんて。
アーノルドがそう言ってくれる可能性はなく、私を良いと言ってくれる人なんていないのはわかりきっているのにそんな事を望んでしまう。
(バカ、本当にバカ)
こんな事ならさっさと告白してすっぱりと振られてしまった方がマシだったかもしれない。
それでもうじうじとずっとアーノルドを見つめ続けるに決まっているんだけれど、今みたいに想いも告げずに影でこっそりと大好きなあの人と大好きな親友の姿を覗き見て勝手に傷付くよりもそちらの方がまだ良かったと思う。
でもでもだっていやいやと考えが纏まらない。
はあ、どんな顔でリーアに会えば良いんだろう。
リーアが断るのはわかっているけれど、確実に嫉妬しているような嫌な表情を浮かべてしまう自信がある。
狡い、リーアは何でも持ってるくせに、色んな人から想いを寄せられているくせにアーノルドの心まで、とリーアは悪くないのに醜い感情を押し付けてしまいそうだ。
(どこかで頭を冷やしてから戻らないと)
アーノルドに誘われている所見ちゃった、隅に置けないんだからもう!
リーアが好きなら私なんて眼中にあるはずないよね!
そう茶化せるくらいの気持ちにならないととてもじゃないけどリーアと顔を合わせられない。
こんな時はお祈りだ。
祈ろう。
祈って頭を空にするんだ。
大丈夫、私は仮にも『聖女』なんだから。
祈るのは得意だ。
祈って頭を空っぽにするのも大得意。
よし、それが良い。
そうしよう。
リーア達がその場から動き出すのをただただ見つめ、ついさっき出たばかりの教会へ逆戻りしようとしたその時。
「こんな所にいたのか」
「!」
突然声を掛けられた。
11
お気に入りに追加
1,073
あなたにおすすめの小説
「聖女は2人もいらない」と追放された聖女、王国最強のイケメン騎士と偽装結婚して溺愛される
沙寺絃
恋愛
女子高生のエリカは異世界に召喚された。聖女と呼ばれるエリカだが、王子の本命は一緒に召喚されたもう一人の女の子だった。「 聖女は二人もいらない」と城を追放され、魔族に命を狙われたエリカを助けたのは、銀髪のイケメン騎士フレイ。 圧倒的な強さで魔王の手下を倒したフレイは言う。
「あなたこそが聖女です」
「あなたは俺の領地で保護します」
「身柄を預かるにあたり、俺の婚約者ということにしましょう」
こうしてエリカの偽装結婚異世界ライフが始まった。
やがてエリカはイケメン騎士に溺愛されながら、秘められていた聖女の力を開花させていく。
※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。
お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました
群青みどり
恋愛
国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。
どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。
そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた!
「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」
こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!
このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。
婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎
「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」
麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる──
※タイトル変更しました
ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!
沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。
それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。
失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。
アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。
帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。
そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。
再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。
なんと、皇子は三つ子だった!
アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。
しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。
アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。
一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
教会を追放された元聖女の私、果実飴を作っていたのに、なぜかイケメン騎士様が溺愛してきます!
海空里和
恋愛
王都にある果実店の果実飴は、連日行列の人気店。
そこで働く孤児院出身のエレノアは、聖女として教会からやりがい搾取されたあげく、あっさり捨てられた。大切な人を失い、働くことへの意義を失ったエレノア。しかし、果実飴の成功により、働き方改革に成功して、穏やかな日常を取り戻していた。
そこにやって来たのは、場違いなイケメン騎士。
「エレノア殿、迎えに来ました」
「はあ?」
それから毎日果実飴を買いにやって来る騎士。
果実飴が気に入ったのかと思ったその騎士、イザークは、実はエレノアとの結婚が目的で?!
これは、エレノアにだけ距離感がおかしいイザークと、失意にいながらも大切な物を取り返していくエレノアが、次第に心を通わせていくラブストーリー。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。
氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。
聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。
でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。
「婚約してほしい」
「いえ、責任を取らせるわけには」
守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。
元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。
小説家になろう様にも、投稿しています。
誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。
木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。
それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。
誰にも信じてもらえず、罵倒される。
そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。
実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。
彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。
故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。
彼はミレイナを快く受け入れてくれた。
こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。
そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。
しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。
むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる