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後編
しおりを挟む「はあ?何を言っているんだ?大体君は僕の元婚約者を知らないだろう?」
ティムが鼻で笑いながらそう返す。
自分のセリフの都合の悪さに気付いているのかいないのか、あんなアホなセリフを吐いておいてまだ自分が優位に立てているとでも思っているのだろうか。
「訳のわからない嘘で混乱させないでくれ。それに僕の元婚約者は彼女のように美しくもなく食事をする時だってもそもそと小さな口でほんの少ししか食べずお世辞にも美味しそうになんて食べないつまらない女なんだよ」
「……」
美しくもなくつまらない女で悪かったな。
ああ、でも良かった。
婚約中に残っていたほんの少しの情はあの日の話し合いで吹き飛んでいたけれど、今日のこれで更に木っ端微塵に飛散した。
訳分からん理由で一方的に婚約破棄した挙句に破棄する前から他の女に目を付け挙句元婚約者の悪口を公衆の面前で高らかに言いますかそうですか。
決めた。
レイトの案に乗っかる。
こいつのプライドずたずたに引き裂いて泣かせてやる。
「わかるかい?僕の元婚約者は楽しそうに幸せそうに食事をする彼女とは似ても似つかな……」
ははは、と笑いながらそう言うティムだったが。
「似ても似つかない、ですって?」
「……え?いや、え??」
変装に使っていたカツラとメガネを外し、顔にかかる地毛を掻き上げ足も腕も組み睨みつけると、言葉を詰まらせ固まった。
改めて発した声にティムも気付いたのか、戸惑いが伝わってくる。
そもそも最初に声を聞いた時点で気付けという話よね。
「改めまして、何か御用かしら?元婚約者のティム・アンダーソン」
「んな……な……!?!?!?」
ふん、と鼻で笑いながら問う。
さすがのティムも絶句している。
隣ではレイトが相変わらずのニヤニヤ顔で引き続き私を引き寄せている。
「あれあれあれー?やっぱり元婚約者なんじゃん!あれあれあれれー?似ても似つかないなんてどの口が言ってるんだろうねー?」
「……っ」
盛大に煽りまくっているレイトは凄く楽しそうだ。
さて、ティムはどういう反応を返してくるのだろうかと思っていたら。
「っ、っ、だ、騙したな!!!!!」
「………………はあ?」
またも馬鹿な一言が返ってきた。
「騙した?誰が?誰を?」
「君が!僕をだよ!!」
「はああ?」
本当に何を言っているんだろうかこの男は。
「だってそうだとしか思えない!は!まさか、僕が君に惹かれた事も計画の内か!?この男と一緒になりたくてこの男と共謀して僕を騙して嵌めたんだろう!?なんて女だ……!」
「……………………はあ」
馬鹿も休み休み言って欲しいものだ。
大きな大きな溜め息が漏れるのも仕方がない。
「あのね、騙したなんだと言っているけれど、貴方今日までにここでこの姿の私と話した事があった?」
「それは、ないが……」
「それでどうやって騙すのよ」
「それは、その……わからないが騙したんだろう!?僕の好みの女性になりきって僕が見つめているのに気付いて僕の気を引く為にここに通い詰めたんだろう!?」
「そんな訳ないでしょうが。どうしてそんな事しなきゃならないのよ面倒臭い」
「め、面倒だと!?」
「それに貴方との婚約破棄するなら普通にお父様達に相談するわよ。貴方みたいに第三者の存在をちらつかせて相手を下げて破棄するなんて最低な事はしないわ」
「はっ、どうだか!現にお前はこの男といつも一緒にいたじゃないか!さっきだって肩を抱かれて……!」
「あのねえ、さっきからこの男この男って言ってるけど、今の内に改めた方が良いわよ?」
再びの溜め息の後で呆れてそう言う。
きっと平民だと思っているから強気な態度なのだろうが、正体を知って不利になるのは明らかにティムの方だ。
この場では無礼講だと言っているレイトだが、それにも限度がある。
何でもかんでも無礼講という訳ではないのだ。
「はあ?どうして僕がそんな奴に……………………え?」
私のセリフにふんと鼻を鳴らしたティムがまじまじとレイトを見つめて段々と固まる。
私の正体をバラした時以上の固まりっぷりだ。
「………………!!!」
「あれ、固まっちゃった」
「そうね。この隙に帰っちゃう?」
「それも面白そうだけど、それだと明日辺り学園で絡まれるんじゃない?」
確かに。
私はともかくレイトを煩わせる訳にはいかない。
「君、いや、貴方は、貴方様は……!!」
固まりから解放されたティムが今度はカタカタと震えている。
そうよね、自分の取った態度を考えたら震えるわよね。
そもそも私は無礼講で許されているけれどティムは許されていないし。
「ああ、それ以上は言わないでくれ。公の場で罵倒したと罰せられたくないだろう?」
しい、と人差し指を唇に当てるレイト。
そういえば野次馬していた他のお客さんがいない。
いつの間に人払いしたんだろう。
「さて、それで……彼女と俺が君を騙したんだっけ?」
「いえ!それは、その……!」
「君は勝手に一目惚れして自分から婚約破棄を申し出たのにその相手にみっともなく縋って挙句に騙された、なんて言っちゃうんだねえ」
「ですからそれはその……!」
「言い訳は必要ないよ。俺が見て聞いた事が真実だから」
「……っ」
わーお、悪い顔。
最後のセリフも相まってどちらが悪役なのかわからないわ。
長いものに巻かれるタイプのティムはその場に崩れ落ちる。
これくらいで膝が笑うなんてつくづく情けない男ね。
「まあでも、彼女を解放してくれた事には感謝しないとね」
「?」
ぼそりと呟いたレイトが立ち上がりティムに近付きすぐ傍でしゃがみこむ。
そして耳を寄せろと指で指示し、その通りに近付いたティムに何かを耳打ちする。
(何を話しているのかしら?)
ティムにだけ聞こえるように囁かれている言葉はこちらには届かないが、その表情は段々と悔しそうに歪んでいく。
最後にとんとんと彼の肩を叩き、満足したようにこちらに戻ってくる。
鼻歌でも歌い出しそうな表情だ。
「何を話してたの?」
「んー?内緒」
「何よそれ」
「まあまあ、ほら食事の続きしよう?」
「うん、それは良いんだけど……」
ちらりと座り込んだままのティムを見る。
それに気付いたレイトが相変わらずの笑顔で言い放つ。
「あれ?まだいたの?そんな所に座っているとお店の迷惑になるってわからない?」
「……っ、し、失礼しました!!!」
「あ、待って、何か忘れてない?」
「え?」
「クリスに何か言わなきゃいけないことあるんじゃないの?」
そそくさと立ち去ろうとするティムにレイトがそう言うと……
「っ、この度は、申し訳ありませんでしたーーーー!!」
ティムはそう叫びながら今度こそ走り去っていった。
(……はあ、謝罪くらいもっときっちりしっかり出来ないものかしらね)
謝られたのには少しすっきりしたが、逃げながらというのがいただけない。
まあレイトに睨まれながらの謝罪だから仕方ないか。
私の隣で何やらどす黒いオーラ撒き散らしているものね。
正直まだもっと言ってやりたい気持ちもあるが、もう個人的には関わり合いにならない人なのでまあ良しとしよう。
レイトに睨まれるのはティムにとっては大ダメージだろうし、何を言ったかわからないけれどあの状態では今後何かをしてくるとも考え難い。
しようとしてももう彼とは何の関係もないのですぐに彼の両親に逐一報告するし、拗れるようなら相応の機関に相談するまでだ。
幸いこちらにはレイトという味方がいるし。
虎の威でも何でも借りれるものは何でも借りる主義なのよ私は。
「クリス、食べ終わったらカフェ行かない?ケーキが美味しいって評判らしいよ」
「行く!」
残りの食事をしながら誘われ即答する。
散々食べたけれど、甘い物は別腹とは良く言ったものだ。
「レイト」
「んー?」
「ありがとね」
「どういたしまして」
「レイトがいてくれて良かった」
「ははっ、それ今度からも同じセリフ言えるかなあ?」
「?言うに決まってるじゃない」
今日明日でそんなにすぐ心情が変わるはずがない。
首を傾げる私にレイトは曖昧な笑みを浮かべた後でもっと食べろと食事を促された。
*
その言葉と曖昧な笑みの意味を知るのは、それから程なくして呼び出された実家でレイトとの婚約が結ばれたと聞かされた時。
すぐに学園中に話が駆け巡り、あまりにも突然の婚約にどんな方法を使ったのかと邪推されたし、色々色々色々、主にレイトを慕う女性達からの嫉妬の嵐がほんとーーーーーに大変だった。
「どうして私なのよ」
「逆にどうしてクリス以外を選ばないといけないの?」
「どうしてって……」
「初めて会った時からずっと好きだったんだ。婚約者がいるから諦めてたけど、こんなチャンスが巡ってきたんだから逃す訳ないじゃん」
「え!?」
理由を聞き、そんな告白をされて舞い上がらない方がおかしい。
私だって、私なんて相手にされるはずがない、そもそも婚約者がいるしこの想いは封印しなければと思っていたのだ。
こんなに嬉しい事はない。
「ずっとずーっと大事にするよ」
「私も、大切にするわ」
手を取られ指先にキスをされ顔が熱くなる。
思いがけず叶ってしまった恋に胸が躍り喜びを噛み締める。
幸せだなあ。
「でも王族に嫁入り……うう、これからはこんな風に気軽にコルセット外して街で食事なんて出来なくなるのね」
きたる未来に溜め息が漏れる。
レイトと結婚するのは嬉しいが王族ともなればいくら王太子妃ではないとしても模範とならなければならない。
きっとこれまでよりも厳しい教育が待っているに違いない。
考えれば考える程溜め息だ。
「うーん、いっそコルセット廃止しちゃうとか?」
「え!?そんな事出来るの!?」
「元はただのファッションなんだからやろうと思えば出来るでしょ。ああでも廃止にするより自由にした方が良いか。着けたい人もいるだろうし。まあでもクリスがコルセットなしの服を着て公の場に出れば自然と流行るだろうから問題ないか」
そんな事を言うレイトにぽかんとする。
それからすぐに本当にコルセットの自由着用が認められたのには驚きしかない。
なんでも王妃様や王太子殿下の婚約者様もコルセット反対派で、ちょうどタイミング良く廃止の声をあげたらしい。
タイミングが良すぎて裏でレイトが動いたのではないかと思うが、真相はわからない。
それからの私達はというと、学園以外でも厳しい教育が始まり大変な日々が続いていたけれど……
「美味しい?」
「最高!」
なんやかんや暇を見つけてはお忍びでいつもの食堂にやってきて、女将さんの美味しい料理に舌鼓を打つのであった。
終わり
おまけのティム。
「彼女を解放してくれてありがとう。君がバカな事をしてくれたおかげで君を消す手間が省けたよ」
「……っ」
あの日食堂でそんな事を囁かれ、その後どこからともなく王子であるレイトに暴言を吐いたと噂が広がり学園の片隅で目立たないようひっそりと過ごす姿が目撃されている。
次の婚約者も中々決まらず、友人達にもそれとなく疎遠にされて寂しい学園生活を送っている。
彼の両親は一方的な婚約破棄のみならずレイトに対しての言動も知り怒り心頭で、逃げようとするティムの退学を許さず卒業までは学園に留めておくつもりのようだ。
コルセット着用義務が廃止され、美味しそうに食事をするクリスの姿をじーっと見つめる事もあったようだが、その度近くにいるレイトに睨まれ即座に退散する姿が幾度となく目撃されていたとかいないとか。
終わり!
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