コルセットがきつすぎて食べられずにいたら婚約破棄されました

おこめ

文字の大きさ
上 下
2 / 3

中編

しおりを挟む


「な、なに……」

どうしてこんな所にいるの!?
思わず身構えるが、ティムは何故か頬を染めもじもじしながら口を開いた。

「良かったらご一緒しても良いかな?」
「は?」

そんな事を言い出すティムに目玉が飛んでいく。

はい?
私と?
一緒に?
え?
ティムが?
食事を?

驚きと衝撃で固まる私に何を思ったのだろう。
いけるとでも思ったのだろうか。
ティムは図々しくもレイトが座っていた席、つまり私の正面に腰掛け、更に何やら寝言を話し始めた。

「実は、前から君の事が気になっていたんだ。いつも美味しそうに食事をしているなと思って……今日はいつもの彼は一緒じゃないの?」

前から気になってた?
え?
もしかしてティム、私が私だって気付いていないの?

(いやいやいやいやそんな事ある?仮にも元婚約者よ?小さい頃からずっと一緒だったのに少し変装しただけでわからないなんて事ある?)

ティムの発言もだが気付かれない事にも驚き、同時に呆れる。
せめて気付きなさいよ。
そんなに私に興味なかったわけ?

あら?でも今『前から気になってた』って言ったわよね?
ん???

(…………もしかして、前に言ってた『理想の彼女』って……)

まさかね。
そんなはずないわよね。

嫌な予感しかしなくて言い淀んでいると、ティムは何を勘違いしたのか更に馴れ馴れしく話しかけてくる。

「いつもの彼は恋人なのかな?だとしても今は一人なんだから関係ないよね?嬉しいな、ずっと声をかけるチャンスを伺っていたんだ」

いやいや仮に恋人だったとしても一人だから関係ないってどういう思考回路しているのよ。
もし恋人がいるのならその時点で他の男に声掛けられても邪魔でしかないわ。

しかもチャンスを伺っていたって……これは嫌な予感的中なのかもしれない。
さっき教師を思い出した時以上にぞっとする。

(ムリ、ムリムリムリ!)

今すぐ去りたい。
けれどレイトが戻ってくるかもしれない。
何より食事が途中だ。
こんなに美味しいご飯を残すなんて許されない。
でもこの男とここに居続けるのも嫌だ。

「僕はティム。君は?」
「……」

名乗りたくない。
全力で回避したい。

「照れているのかな?大丈夫、僕は見ての通り貴族だけど堅苦しいのは好きじゃないんだ。気軽に名乗ってくれて構わないよ」

照れてもいないし貴族なのはわかりきっているし誰が気軽に名乗るものか。

というか何故こんなに自信満々なの?
自分に声をかけられて嬉しいだろう光栄だろうというのが透けて見えてうんざりする。

ナルシストなのはわかっていたけれどここまで自惚れが強い人だったなんて。
シンプルに気持ちが悪い。
俄然名乗りたくない。

「君の食べっぷりは本当に素晴らしいね。いつ見かけても楽しそうに美味しそうにたくさん食べているものだからつい見惚れてしまったよ」

やっぱり基準は食べ方と食べる量云々なのか!
いい加減にして欲しい。

盛大な舌打ちをしそうになった時、レイトが帰ってきた。

「お待たせ」
「お帰り」
「あれ?この人……」
「今の私には関係ない人よ」

傍にいたティムを見て、おやと目を瞬かせる。

「つれない人だな。お願いだ、どうか僕に名前を教えてくれないだろうか」

そう懇願してくるティムにレイトが吹き出す。
ティムはそれにムッとする。

「ぶは……っ、いや、本当に?本気で言ってるの?」
「何がおかしい!」
「いやだって……ぶふっ、あはははは!ひーっ!面白すぎる!!!」

王族らしからぬ吹き出しに続く爆笑である。
引きつけまで起こしそうなくらい全身で笑い出すレイトに周りも何だ何だと興味津々。
そうでなくとも二人の男が一人の女を挟んで何やら話しているのだからちらちらと注目は集めていた。

「ほ、ほ、本当に彼女の名前が知りたいの?」

笑いすぎて涙まで出ている。
笑いすぎよ。

とはいえ逆の立場だったら私も笑ってしまっているかもしれない。
だって元婚約者が婚約破棄した相手と気付かず口説き名を求めているのだからそりゃ笑ってしまう。

「もちろん」
「聞かない方が良いと思うけど」

ニヤニヤと笑いながら私の隣に椅子を持ってきて悠々と座るレイト。
その様子にティムはまたも不満そうだ。

「君には関係ないだろう?」
「どうしてないと思うの?」
「……あるのか?」
「さあ、どうだろうね?」

のらりくらりと躱わすレイト。
完全に舐めた態度というか、煽っているというか、火に油を注いでいるというか、まあそんな態度だ。
こんな状況でなければもっとやってやれと言いたい所だが、当事者の立場になると早く会話を切り上げて追い出してくれというのが第一の意見だ。

「レイト」
「ごめん、つい」

つんつんと隣のレイトを突き長引かせてくれるなと訴えると、肩をすくめ謝られる。

「でもさ、良い機会だと思わない?」
「何が?」

レイトは正面のティムに聞こえないようにこそこそと耳元で囁いてくる。
良い機会とはどういう意味なのだろうか。

あ、目の前のティムの顔が引き攣っている。
せっかく自分が声をかけたのに他の男と親しげにして何を考えているんだ、とか考えていそうな表情ね。
うん、無視しよう無視。

「決まってるじゃん、自分から捨てた婚約者をまた求めているバカに目にモノ見せてやるんだよ」
「ええ?どうやって?」
「名前を名乗るだけでもかなりの効果があると思うけど……もうひとつおまけを付けてみない?」
「おまけ?おまけって……?」
「俺に話合わせてくれる?」
「?良いけど……」

一体何をするつもりなのだろうか。
首を傾げる私の肩が突然ぐいっと引き寄せられた。

(え!?)

引き寄せたのは隣のレイト。
肩を抱かれ密着する体に心臓が暴れ顔が熱くなっていく。

「れ、レイト……!」
「おい!彼女が嫌がっているじゃないか!その手を離せ!」

恥ずかしくて戸惑う私と、それを見て勘違いし怒鳴るティム。
本当に黙って早急にいなくなって欲しい。

「それは出来ないよ、嫌がってないし」
「どう見ても嫌がっているだろう!」
「ええ?どこが?嫌がってないよねえ?」
「っ、えっと、うん、嫌ではないけど……」

恥ずかしくていたたまれないだけだ。
レイトはこういうスキンシップが多いとわかっているけれどこれはやりすぎじゃない?
もしかして、いやもしかしなくてもティムに見せつける為だけにしているんだろうけど、これじゃあさすがの私も勘違いしてしまいそうだ。

「ほら、嫌じゃないって」
「っ、っ、君が言わせているんだろう!」
「あのさあ、嫌がってるのと照れてるのの違いもわかんないの?そんなんでこの子の事口説こうとしてた訳?仕方ないか、お兄さん女の人の扱い下手そうだもんね」
「馬鹿にするな!これでも僕には幼い頃から婚約者がいたんだぞ!女の扱いのひとつやふたつ……!」

いやいやこのタイミングで婚約者がいたって言う?
普通言わないよね?

「婚約者がいるのに彼女口説こうとしてんの?とんだ二股野郎じゃん」
「婚約者とはもう別れている!俺は彼女の為に婚約を破棄したんだ!」

胸を張り堂々と言い放つティムに店内がシーンとなる。
だから何故そんなにも自信満々にそんな事を言える訳?
これで私が『私の為に……?』なんて感動して靡くとでも思っているのだろうか。
普通にありえないでしょう。

ティムがどうだと言わんばかりにこちらに視線を向けるが、レイトはまたしてもそれを高らかに笑い飛ばした。

「ふっ、ははは!良く言うよ」
「何がおかしい!?」
「いやいやお兄さんが言ってる事、最初からおかしい事ばかりだからね?」
「何?どこがだ?」
「だってさあ……」

あ……

一拍溜めた物言いのレイトに、これは言うつもりなんだなと察する。
止めようとしたが時既に遅し。

「その元婚約者、ここにいるじゃん」

レイトの口からさらりとそう告げられた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

魅了の魔法を使っているのは義妹のほうでした・完

瀬名 翠
恋愛
”魅了の魔法”を使っている悪女として国外追放されるアンネリーゼ。実際は義妹・ビアンカのしわざであり、アンネリーゼは潔白であった。断罪後、親しくしていた、隣国・魔法王国出身の後輩に、声をかけられ、連れ去られ。 夢も叶えて恋も叶える、絶世の美女の話。 *五話でさくっと読めます。

さようなら、私の王子様

雨野六月(旧アカウント)
恋愛
「ビアンカ・アデライド、お前との婚約を破棄する!」 王太子リチャードの言葉に対し、侯爵令嬢ビアンカが抱いたのは怒りでも哀しみでもなく、「ついにこの時が来たか」という感慨だった。ビアンカにしてみれば、いずれこうなることは避けられない運命だったから。 これは二度の婚約破棄を経験した令嬢が、真実の愛を見つけるまでのお話。

頭頂部に薔薇の棘が刺さりまして

犬野きらり
恋愛
第二王子のお茶会に参加して、どうにかアピールをしようと、王子の近くの場所を確保しようとして、転倒。 王家の薔薇に突っ込んで転んでしまった。髪の毛に引っ掛かる薔薇の枝に棘。 失態の恥ずかしさと熱と痛みで、私が寝込めば、初めましての小さき者の姿が見えるようになり… この薔薇を育てた人は!?

婚姻破棄された私は第一王子にめとられる。

さくしゃ
恋愛
「エルナ・シュバイツ! 貴様との婚姻を破棄する!」  突然言い渡された夫ーーヴァス・シュバイツ侯爵からの離縁要求。    彼との間にもうけた息子ーーウィリアムは2歳を迎えたばかり。  そんな私とウィリアムを嘲笑うヴァスと彼の側室であるヒメル。  しかし、いつかこんな日が来るであろう事を予感していたエルナはウィリアムに別れを告げて屋敷を出て行こうとするが、そんなエルナに向かって「行かないで」と泣き叫ぶウィリアム。 (私と一緒に連れて行ったら絶対にしなくて良い苦労をさせてしまう)  ドレスの裾を握りしめ、歩みを進めるエルナだったが…… 「その耳障りな物も一緒に摘み出せ。耳障りで仕方ない」  我が子に対しても容赦のないヴァス。  その後もウィリアムについて罵詈雑言を浴びせ続ける。  悔しい……言い返そうとするが、言葉が喉で詰まりうまく発せられず涙を流すエルナ。そんな彼女を心配してなくウィリアム。  ヴァスに長年付き従う家老も見ていられず顔を逸らす。  誰も止めるものはおらず、ただただ罵詈雑言に耐えるエルナ達のもとに救いの手が差し伸べられる。 「もう大丈夫」  その人物は幼馴染で6年ぶりの再会となるオーフェン王国第一王子ーーゼルリス・オーフェンその人だった。  婚姻破棄をきっかけに始まるエルナとゼルリスによるラブストーリー。

父の後妻に婚約者を盗られたようです。

和泉 凪紗
恋愛
 男爵令嬢のアルティナは跡取り娘。素敵な婚約者もいて結婚を待ち遠しく思っている。婚約者のユーシスは最近忙しいとあまり会いに来てくれなくなってしまった。たまに届く手紙を楽しみに待つ日々だ。  そんなある日、父親に弟か妹ができたと嬉しそうに告げられる。父親と後妻の間に子供ができたらしい。  お義母様、お腹の子はいったい誰の子ですか?

幼馴染の許嫁は、男勝りな彼女にご執心らしい

和泉鷹央
恋愛
 王国でも指折りの名家の跡取り息子にして、高名な剣士がコンスタンスの幼馴染であり許嫁。  そんな彼は数代前に没落した実家にはなかなか戻らず、地元では遊び人として名高くてコンスタンスを困らせていた。 「クレイ様はまたお戻りにならないのですか……」 「ごめんなさいね、コンスタンス。クレイが結婚の時期を遅くさせてしまって」 「いいえおば様。でも、クレイ様……他に好きな方がおられるようですが?」 「えっ……!?」 「どうやら、色町で有名な踊り子と恋をしているようなんです」  しかし、彼はそんな噂はあり得ないと叫び、相手の男勝りな踊り子も否定する。  でも、コンスタンスは見てしまった。  朝方、二人が仲睦まじくホテルから出てくる姿を……  他の投稿サイトにも掲載しています。

【完結】私の馬鹿な妹~婚約破棄を叫ばれた令嬢ですが、どうも一味違うようですわ~

鏑木 うりこ
恋愛
 エリーゼ・カタリナ公爵令嬢は6歳の頃からこの国の王太子レオールと婚約をしていた。 「エリーゼ・カタリナ!お前との婚約を破棄し、代わりに妹のカレッタ・カタリナと新たに婚約を結ぶ!」  そう宣言されるも、どうもこの婚約破棄劇、裏がありまして……。 ☆ゆるっとゆるいショートになります( *´艸`)ぷくー ☆ご都合主義なので( *´艸`)ぷくーと笑ってもらえたら嬉しいなと思います。 ☆勢いで書きました( *´艸`)ぷくー ☆8000字程度で終わりますので、日曜日の暇でも潰れたら幸いです( *´艸`)

処理中です...