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第2章
ヒナセの自由(3)
しおりを挟む「……ルイ、カイ。悪いんだけど少しの間、席外してもらえるか?」
「え…」
「「了解でーす」」
一人戸惑うヒナセを置いて話が進んでいく。邪魔にならないようせっかく買ってきた食べ物も全て持ったルイとカイはベンチから離れ広場からも出ていくと、周囲にはだいぶ離れたベンチに腰掛ける老人がいるのみで、実質的にアランとヒナセの二人きりとなった。
かといってアランは空いたヒナセの隣に腰掛けることはせず、そのまま地面に膝をついた姿勢でヒナセの目を見続ける。
手も繋がれたままだった。
「――っ、」
カイと二人で待っている時は喋らない無言の空気でも特になんとも思わなかった筈が、アランとのそれは無性にドキドキして何か話さなくては、何か、と気持ちばかりが焦ってしまう。
だけど、こういう時何を話せばいいのかヒナセには全く思いつかず、キュッと口を噤むばかり。
そんなヒナセの焦りや不安を感じ取ったのか、いま一度握る手に力を込めたアランが満を持して口を開いた。
「―――聞いても、いい?」
「は、はい」
「さっきの、王妃様って?」
「あ……えと、ごめんなさい…騎士様に言われたことが、昔この国の王妃様にも言われたことがあって…それで――」
「名前」
「え…?」
「一回ごめん。でも、俺も名前で呼ばれたい…な。
ルイやカイだけ、ずるくない?」
唐突な話の脱線にぱちくり目を瞬きするヒナセは、ムスッといじけるような表情を見せるアランが急激に可愛く見えてしまった。
すぐにハッと我に返るとそんな考えを振り払うように、この人はお隣の国の騎士団をまとめるすごい人、可愛いなんて失礼な考え、そう自分に言い聞かせていた。
そうやって黙り込むヒナセに対してアランはアランで名前がわからず困っているのかと勘違いしていた。
「あ…ごめん、もしかして俺の名前……」
「え!?あ…や、覚えてます!大丈夫です」
「本当?よかった……じゃあ、ね?」
期待の眼差しを一心に向けられ、これは逃れられないと悟ったヒナセは何度も口をもごつかせ、視線をキョロキョロさ迷わせた末、やっとの思いで音として吐き出したのは、たった五文字。
「アラン…さ、ま…?」
そのたった五文字にアランは心から満足そうに頷くと眩しい笑顔でお返しを送る。
「うん、ありがとう、ヒナセ」
「っ―――」
ボッと顔を赤くするヒナセにあははと笑うと、よっこいせと呟きながら腰を上げた。短時間でじんじん痺れかけている膝に苦笑し擦りながら自然な動作でヒナセの隣へ座る。
アランが隣へやって来た拍子に肩同士がトンと当たり、内心どぎまぎしながら動けずにいたヒナセだが、「ヒナセ、上、見てみて」というアランの言葉につられて見上げた空は雲ひとつ無い、見渡す限り綺麗な青が続いていた。
「わぁ……」
「綺麗だね」
「――はい」
そんな景色を二人並んで眺めている時間は不思議と無言でも穏やかに過ぎていく。
ふと、なんの話しをしてたっけ――そうヒナセが思ったタイミングでアランが静かに話を再開した。
「ヒナセは、王妃様と仲良かったんだ」
「……はい。過ごした時間は短かったけど、本当に良くしていただきました」
「そっか……」
もう一度、そっか…と呟くアランが今どういう表情をしているのか、急に気になってしまったヒナセはバレないようこっそり盗み見る。……が、アランにバレないはずもなく、顔は正面を向いたまま視線だけを動かすアランと目が合った。
瞬間、ぴゃっと顔ごと逸らそうとしたヒナセの頬へそっと手を伸ばし制したアランは、ふぅ…と静かに深呼吸をすると、ヒナセとしっかり目を合わせる。
そして、ずっと伝えたかった言葉を紡ぐ――
「ありがとう、王妃――オリビアの最期を一緒に過ごしてくれて」
「え……」
「姉上と友達になってくれて、ありがとう」
優しく穏やかに微笑むアランを信じられないという表情で見つめるヒナセ。
大きな瞳がポロリとこぼれ落ちてしまいそうなほど、大きく大きく、見開かれていた。
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