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第1章
浮かぶ淫紋(2)
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「団長!やめといた方がいいっす!やばいっす!」
「さすがに、まずいかと」
部下二人が必死に背中を追い静止の声をかけるなか、アランの歩みは止まらなかった。
「あの子が心配だ。このまま今日のところは引いて次に会えた時で、と思っていると、人は簡単に会えなくなってしまう……もうその後悔だけはしたくない」
「「団長……」」
かつて味わった喪失感は十数年の時が流れようといつまでもアランの胸にしこりのように残り続けている。この先も一生消えないだろう―――
バタバタと走り回る衛兵や、青ざめるメイド達を尻目に、王と雛鳥が消えた天幕の奥へ突き進む。このような状況で誰もアラン達に静止をかけない警備の薄さ甘さにさらに心配は募るばかりだった。
これ以上深く踏み込むのに部下二人を連れて行くのは危険かもしれない。
そう判断すると、足は動かしたまま「ルイ、カイ」と短く名を呼ぶ。
「お前たちは各自の部屋へ戻るように。ここからは俺一人で向かう。下手な疑いはかけられないよう大人しくしていてくれ」
「その言葉そのまま団長にお返ししますってぇ」
「無駄だよルイ…もうこの人は止めてもきかない」
げんなりするルイの肩をポンと撫で諦めの表情を向けるカイ。何度も共に修羅場を乗り越えてきた三人はお互いのことをよく理解していた。
「その通り。それに、もしもの時、俺にはとっておきの切り札がある。……といっても、あの人に人としての情があれば…の話だが」
「「なっさそぉぉぉ」」
「はは、心配ありがとう。じゃあ、また後で」
はぁ…とため息をついたルイとカイは最終的に折れ、お気をつけて、と騎士の礼をアレンに送る。そんな二人の頭をクシャッと撫で、再び歩き出した。
たどり着いたのは扉が一つ存在するだけの空間。
この扉の奥はおそらく王の私的な部屋と予想される。
部屋を守る衛兵一人存在せず、慌ただしかった騒音が嘘のようにシンと静まり返っていた。
やはり今はまずいだろうか、出直した方が…なんてことは微塵にも考えず、迷わず重厚な扉をノックする。
「王、無礼を承知で失礼致します。先程の件で気になることが――」
やはり一度では返事は貰えない。
もう一度、と扉を叩くため腕を上げた、その時。
「入れ」
扉の奥から確かにそう返ってきた。
許しを得たアランはすぐさま扉に手をかけると重い扉を押し、僅かな隙間から中へ身を滑り込ませる。その際、足音を消してしまうのは長年染み付いた癖だった。
サッと視線を巡らせ、本棚や装飾品が飾られた前室の様子を伺っていると、耳の良いアランはすぐさまとある音を捉えた。
「……ぁ」
奥から僅かに聞こえる小さな声。
それと同時に聞こえるのは、何かをかき混ぜるような、ぐちゅぐちゅという、水音だった。
嫌な予感が頭をよぎる。
そんな光景は目にしたくない――そう思いながらも、その方向へ引き寄せられるように足が一歩一歩確実に向かっていく。
曲がった先に現れた大きな天蓋付きベッド。
揺れる薄い天幕。
影となって見える人影は一人分――に見えたが、重なり合う二人分だと気付くのにそう時間はかからなかった。
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