上 下
17 / 58
第1章

浮かぶ淫紋(2)

しおりを挟む

 
 
 *****
 
 
「団長!やめといた方がいいっす!やばいっす!」
「さすがに、まずいかと」
 
 
 部下二人が必死に背中を追い静止の声をかけるなか、アランの歩みは止まらなかった。
 
 
「あの子が心配だ。このまま今日のところは引いて次に会えた時で、と思っていると、人は簡単に会えなくなってしまう……もうその後悔だけはしたくない」
 
「「団長……」」
 
 
 かつて味わった喪失感は十数年の時が流れようといつまでもアランの胸にしこりのように残り続けている。この先も一生消えないだろう―――
 
 

 
 
 バタバタと走り回る衛兵や、青ざめるメイド達を尻目に、王と雛鳥が消えた天幕の奥へ突き進む。このような状況で誰もアラン達に静止をかけない警備の薄さ甘さにさらに心配は募るばかりだった。
 
 
 これ以上深く踏み込むのに部下二人を連れて行くのは危険かもしれない。
 そう判断すると、足は動かしたまま「ルイ、カイ」と短く名を呼ぶ。
 
 
「お前たちは各自の部屋へ戻るように。ここからは俺一人で向かう。下手な疑いはかけられないよう大人しくしていてくれ」
「その言葉そのまま団長にお返ししますってぇ」
「無駄だよルイ…もうこの人は止めてもきかない」
 
 
 げんなりするルイの肩をポンと撫で諦めの表情を向けるカイ。何度も共に修羅場を乗り越えてきた三人はお互いのことをよく理解していた。
 
 
「その通り。それに、もしもの時、俺にはとっておきの切り札がある。……といっても、あの人に人としての情があれば…の話だが」
「「なっさそぉぉぉ」」
「はは、心配ありがとう。じゃあ、また後で」
 
 
 はぁ…とため息をついたルイとカイは最終的に折れ、お気をつけて、と騎士の礼をアレンに送る。そんな二人の頭をクシャッと撫で、再び歩き出した。
 
 
 
 
 
 たどり着いたのは扉が一つ存在するだけの空間。
 この扉の奥はおそらく王の私的な部屋と予想される。
 部屋を守る衛兵一人存在せず、慌ただしかった騒音が嘘のようにシンと静まり返っていた。
 
 やはり今はまずいだろうか、出直した方が…なんてことは微塵にも考えず、迷わず重厚な扉をノックする。
 
 
「王、無礼を承知で失礼致します。先程の件で気になることが――」

 
 
 やはり一度では返事は貰えない。
 もう一度、と扉を叩くため腕を上げた、その時。
 
 
 
「入れ」
 

 
 扉の奥から確かにそう返ってきた。
 
 
 許しを得たアランはすぐさま扉に手をかけると重い扉を押し、僅かな隙間から中へ身を滑り込ませる。その際、足音を消してしまうのは長年染み付いた癖だった。
 
 サッと視線を巡らせ、本棚や装飾品が飾られた前室の様子を伺っていると、耳の良いアランはすぐさまとある音を捉えた。
 
 
「……ぁ」
 
 
 奥から僅かに聞こえる小さな声。
 
 それと同時に聞こえるのは、何かをかき混ぜるような、ぐちゅぐちゅという、水音だった。
 
 
 嫌な予感が頭をよぎる。
 そんな光景は目にしたくない――そう思いながらも、その方向へ引き寄せられるように足が一歩一歩確実に向かっていく。
 
 

 
 曲がった先に現れた大きな天蓋付きベッド。

 
 揺れる薄い天幕。
 
 
 影となって見える人影は一人分――に見えたが、重なり合う二人分だと気付くのにそう時間はかからなかった。
 
 
 
 
 
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

ルイとレオ~幼い夫が最強になるまでの歳月~

芽吹鹿
BL
夢を追い求める三男坊×無気力なひとりっ子 孤独な幼少期を過ごしていたルイ。虫や花だけが友だちで、同年代とは縁がない。王国の一人っ子として立派になろうと努力を続けた、そんな彼が隣国への「嫁入り」を言いつけられる。理不尽な運命を受けたせいで胸にぽっかりと穴を空けたまま、失意のうちに18歳で故郷を離れることになる。 行き着いた隣国で待っていたのは、まさかの10歳の夫となる王子だった、、、、 8歳差。※性描写は成長してから(およそ35、36話目から)となります

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

処理中です...