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2【子育て日記】
2-26 社交界の花(7)
しおりを挟む「美樹彦、急に走り出すな。はしたないぞ」
「美樹彦って呼ぶな!」
後からやってきた背の高い落ち着いた雰囲気の男性にシャーッと威嚇しながらも美樹彦と呼ばれたかわいい子はけっして楓真くんから離れない。
そんな突如はじまった二人の言い合いにも近いやり取りに慣れているのか、楓真くんもされるがまま普通にもう一人に顔を向け気心知れた笑みを向けている。
「真樹彦くんも久しぶり」
「久しぶりだな、楓真。うちの弟がごめんすぐ剥ぎ取るから」
「やめ、真樹にぃ引っ張るな!締まってる!首締まってる!!」
ミギャァァッとまるで猫のように、真樹彦と呼ばれた男性に襟を掴まれ楓真くんから引き剥がされたその子の視線がバチッと僕に向く。
そして―――キッと睨まれた。
「……楓真、本当にどこぞのオメガと番になっちゃったの…?僕と番になろうって言ってたのに」
「美樹彦」
あ…やっぱりこの子はオメガなんだ―――
襟を掴む男性に「こらっ」と叱られながらも、その子の口は止まらない。
男性にしては高めのよく通る声で必死に楓真くんに思いの丈をぶつけ、それに対して楓真くんもなにやら返しているようだが、さっきから何故か水の中にいるようにボヤっとしか聞こえてこない。
数年前、まだ楓真くんと番になる前、楓真くんに言い寄っていたオメガの男性が社内で起こした事件と暴走に巻き込まれた事は未だ鮮明に記憶に残っている。
その人もまた、楓真くんに振り向いてもらおうと必死だった。
だけど楓真くんは、出会ったその瞬間から僕を“運命”と呼び、僕しか眼中に無いように接してくれる。
それは番になって子供ができた今も変わらない。
楓真くんがくれる愛は本物で、誰よりも一番大切にしてくれているってわかっている。わかっているけど……僕と出会う前の楓真くんの交友関係を僕は全く知らないんだと今改めて気が付いた。
もしかしたらこの子の言う通り、将来を約束していた相手がいたかもしれない。
それを、ぽっと出の僕が問答無用で奪った―――
あ…久しぶりだ、この感覚……
思考がどんどん悪い方に向かっていくのがわかる。
それどころか、平面な地面に立っているはずなのに視界がふわふわ揺れ、足の感覚が無くなっていく。
「――くん、つかさくん」
「……ぁ」
「大丈夫?顔色良くないね」
「ふ…じゅさ…」
ふらりとよろけそうになった所をいつの間に後ろにいたのか楓珠さんに肩を抱きとめられていた。
すぐに戻ってくる足の感覚に戸惑いながらもお礼を述べ自分の足でしっかり立てる事を確認していると、「つかささん!?」という焦ったような楓真くんの声が聞こえ顔を上げると美樹彦さんを振り切りこちらへ向かってくる楓真くん。
たったそれだけなのに、ホッとしている単純な自分がいた。
「つかささん、具合悪いですか」
「楓真くん…ううん、大丈夫ごめんねちょっとふらついちゃっただけ」
伸ばされる楓真くんの腕をいつにも増して強くギュッと掴み、覗き込んでくる心配そうな目が僕だけを写していることにさらに一層安心していると「うわ…」と聞こえてくる声。
無意識のうちにビクッと肩が揺れていた。
「楓真…なにその甘い顔…」
「いい加減諦めな美樹彦。お前の出る幕はないよ」
「だから美樹彦って呼ぶな!うわぁぁっん僕はそんな悲劇のヒロインぶってるオメガなんかの番だなんて認めないんだからぁぁぁっ」
「っ、……」
ここがパーティー会場で、大勢の視線を集めていることをすっかり忘れてしまっているのか、しきりに癇癪を起こす美樹彦さんは、きいぃぃっと可愛い顔を歪め僕を容赦なく睨んでくる。
そんな美樹彦さんの言葉に、楓真くんがピクリと反応した。
そして――
「美樹」
「っ…なに」
普段あまり聞かない楓真くんの低い声が美樹彦さんを呼ぶ。
僕の肩を抱く楓真くんから漂うフェロモンが静電気のようにビリッと刺激を帯び、直接僕に向いていないとわかっていても足がすくみそうになっているいま、それを一身に向けられている美樹彦さんは……
「つかささんを侮辱するのはやめろ。つかささんはやっと見つけた俺の大切な運命。誰にもとやかく言われる筋合いはない。人前だからあまり大事にしないようにしていたけど、これ以上は我慢できない。いくら美樹とはいえ―――許さないよ」
「っひ……」
怖いほどきっぱり言い切る楓真くん。
彼は本気で、家族以外の人間はいつでも切り捨ててしまうのだろう。
過去の関係など、容赦なく。
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