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2【子育て日記】

2-18 看病(3)

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「ん……」
 
 
 意識がふと、引き上げられる感覚に目を覚ませばそこは見慣れた自宅の寝室。
 一瞬状況が理解できず身体を起こそうと動かした拍子に、ズキズキする頭に手を当てると額に貼られた熱さまシートの感触に、そうだ…と思い出すのは今朝の自分の失態。
 
 
「いま何時…」
 
 
 作り途中にしてしまった朝ごはんや子供たち、そして出勤前で忙しいはずだったつがいの事など、いっぺんにたくさんの事が頭をよぎりながらベッドヘッドに置いてあるのを見つけた自分のスマホで時間を確認すれば午後2時を少し過ぎた頃。
 
 枕を上半身の支えにしてもたれかかり、ぼーっと天井を見つめながらいまだダルさの残る身体に自然と出るため息が静かな寝室にこだまする。
 
 
 熱なんて久しぶりにでた。
 
 
 楓真くんと知り合い、番になるまでは心身共に不安定な事が多かったが、番契約を結んだ事により内からも外からも愛されている感覚に満たされ、体調面ではとてもよく安定していた。
 双子を出産してからは、人を同時にふたり育てるという初めてで慣れない日々による葛藤と、目まぐるしい勢いで成長していく愛おしい我が子への愛情。
 より責任のある立場へと確実に向かっているパートナーへの陰ながらのサポート。それらのことで精一杯で、自分の事に構っている暇などまったく無かったな、と気が付くが、それで全然よかった。
 自分の事なんかより、愛する番と愛するわが子の優先順位はダントツに高い。
 
 
 それなのに、倒れて半日空けてしまった。
 
 
 楓真くんはあれから無事仕事に行けただろうか、
 双子達のことは家政婦のトヨさんが見てくれているのだろうか、
 となると楓珠さんにも連絡はいっただろうな…優しいあの人のことだから心配させてしまったかもしれない――
 と、何人もの顔が次から次へと頭に浮かぶ。
 
 それと同時に、養護施設にいた頃の自分だったら絶対にありえないことだと我に返る。あの頃は常にひとりだった。それが今では……
 
 
「っ」
 
 
 体が弱ると涙腺も弱くなってしまう説は本当なのかもしれない。自然と流れる涙に驚き鼻を啜っていると、突如コンコンと僅かに空いている扉がノックされる。
 
 
「つかささん?」
「っ、ふ、うまく…」
「!?」
 
 
 慌てて涙を拭うが僅かに間に合わなかった。
 水の膜に覆われた滲む視界で、顔をのぞかせた楓真くんとバッチリ目が合ってしまい、文字通り、彼は飛んできた。
 
 
「なっ、なっ!?どうかしましたか!?体つらい!?救急車呼びますか!?」
「お、落ち着いて楓真くん、大丈夫、大丈夫だから!ビックリさせちゃってごめんね」
 
 
 ダイブする勢いで床に座り込み、僕を心配する眼差しで必死に見上げてくる楓真くんににこりと微笑めば、安心したのか、僕の太もも辺りに脱力してぎゅっと脚を抱きしめられながら顔を埋めてくる。そんな楓真くんの後頭部をよしよしと撫でていると、こてんっと横になる顔の向き。チラッと寄越される視線が合えば、途端楓真くんの表情はふにゃりと緩んだ。
 そんな顔がかわいくて、頭を撫でていた手を頬までおろせばすぐさま擦り寄ってくるその様子は最近めっきり見ることが減っていた甘え上手な大型犬。
 
 
「ふふっかわいい」
 
 
 ついそうもらしてしまえば、もっと撫でてとでも言うかのようにじゃれついてくる。
 この感覚は、久しぶりだった。
 
 
「つかささんに甘えれるの久しぶり」
「そうだね、最近はずっと子供たちのぱぱとままだったもんね」
 
 
 子供たちの甘えたは間違いなく楓真くん似だ、と改めて思ってまたひそかに笑ってしまった。
 
 
「体調はどうですか?」
「うん、だいぶ良くなったよ、ごめんねお仕事…お休みさせちゃったんだね」
「全然大丈夫です。父さんも、つかささんのそばにいてあげなさいって言ってました」
「そっか…あとで楓珠さんにも連絡しなきゃ」
「ん、そうしてあげて心配してたから」
 
 
 こくり、と素直に頷く僕を確認すると、もうひと撫でと楽しんだ楓真くんはよいしょ、と立ち上がる。
 
 
「双子たちはお昼ご飯を食べて今はぐっすりお昼寝中です。何か食べれそうですか?」
「……うん、僕もリビング行こうかな」
 
 
 今朝よりだいぶよくなった体調を確認し、毛布をめくって床に足をおろせばすかさず支えてくれる腕が伸びてくる。「無理しないで」と心配そうに見つめてくる楓真くんにありがたく支えてもらいながらゆっくり立ち上がった。
 多少の立ちくらみを感じながらも力強い腕と抱きとめてくれる胸のおかげでどうにか大丈夫そうだ。

 一歩一歩踏み出す足は僕に合わせてわざとゆっくり歩いてくれる。
 
 

「ねぇ楓真くん」
「はい?」
 
 
 胸に頭を預けながらそっと見上げれば、ん?と優しい表情で見つめ返してくれる。
 
 

 
 昔、僕が過ごしてきた日々は体調を崩しても誰もそばに居てくれないのが普通だった。
 

 ―――ひとりで耐え抜く孤独。
 

 
 それが、今ではこうして一番近くで心配してくれる優しい番。
 
 おそらくよくわからないながらも涙を流しながら心配してくれる楓真くん譲りの優しさをもった子供たち。
 
 そんな彼らは、僕に自分自身を大切にすることを教えてくれる。
 

 
 だから、『ごめんなさい』が口癖だった僕が、温かな家族に囲まれ過ごすうちに、いつの間にかこの言葉が口癖になっていた。

 
 
「ありがとう」
 

 そして、大好き。
 


 

 《看病》-END-

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