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1【妊娠】
1-25 出産
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パチッと目を開けるとそこは楓真くんと暮らす見慣れた寝室とは違う、数日前から入院している病院の個室だった。
毎朝目を開ける度、病院とは思えないまるでホテルのような豪華な病室に一瞬戸惑うのが朝の日課となっていた。というのも、出産直前入院に備え、初孫、初息子に張り切った御門親子が秘かにタッグを組み、病院内で一番広くて綺麗な個室を勝手に抑えていた。それを入院当日案内されて初めて知った僕はつい部屋の前で立ち尽くしてしまった。普通に相部屋での入院で構わないと思っていた僕からしたらこんなキングサイズのゆったりベッドや大型テレビ、ソファセットなどが完備された贅沢な部屋は落ち着かない。そう思いながら日々各種の検査を受けつつ安静にすごし、とうとうその日がやって来た。
「つかささん、おはようございます」
「ん……楓真くん、おはよう」
順調にすくすく育ってくれた双子のおかげで無事妊娠後期をむかえた僕のお腹はパンパンに膨らみ、身体を起こすことも一苦労。その為、僕の入院に合わせ一緒に泊まり込んでいた楓真くんは僕が目覚めたことにいち早く気付くとベッドまで駆け寄り身体を起こす手助けをしてくれる。
「よく眠れましたか?」
「そうだね…ちょっと緊張してあまり寝付けなかったかな」
「はは、俺もです。……いよいよですね」
「……うん」
まもなく午前中のうちに帝王切開の手術が行なわれる。
昨夜21時から絶食をしている身体は緊張から何度も喉が乾き、その度に口をゆすいで耐えていた。今もなお身体は強ばっている。そんな身体にむちを打ち楓真くんに支えられながらベッドを降りて顔を洗いに洗面所まで向かった。
歯磨きを終え鏡に映る僕の顔は真っ白だった。
「つかささん」
「ん?」
そんな僕の手を、ずっと傍に居てくれていた楓真くんがそっと握り、鏡越しに目が合う。コテンと頭を寄り添わせ、大丈夫、だいじょーぶと囁いてくれる楓真くん。ふわりと漂うフェロモンにも包まれ不思議と一気に落ち着きが戻ってきた。
「楽しみだね、双子に会えるの」
「……うん」
「これからはつかささんと俺と双子の四人家族かぁ……毎日つかささんの取り合いだね、俺負けない」
「いやいや大人気ないことしないでね?」
「つかささんの一番は俺なので譲れませぇん」
鏡越しにキリッとキメ顔をする楓真くんに呆れ笑いで腕をペシっと叩く。あははっと笑ったかと思えば一瞬で真剣な表情が現れそのままその腕が身体に回されると後ろから楓真くんに抱かれる僕が鏡に映る。
シン…と静まる室内。
「俺の一番も、つかささんです。絶対に、そこは揺らがない。だから無事に産んで俺のもとに戻ってきてください」
「……うん」
真剣な楓真くんの眼差しを首を回して直接受け止めた。そこで気づく、目の奥にのぞく楓真くんの不安。それに気づいた瞬間、一瞬目を見開いてしまったがすぐに温かい気持ちが溢れて仕方なかった。
久しぶりに楓真くんを年下の男の子に感じた。
情けない顔を見せる楓真くんの顔に手を伸ばしそっと包み込む。
「絶対に楓真くんのもとに戻ってくるから、待っててね」
「……待ってます」
瞳に滲む水気をそっと拭い、どちらからともなく引き寄せられる唇がしっとりと合わさった――。
コンコン
「御門さん、おはようございます」
手術用の移動式ベッドと共にやって来た看護師さんによってとうとうその時間が来たのだと告げられた。
ベッドにそっと身体を横たえ、楓真くんに手を握られながら手術室へと運ばれていく。
「それじゃあ……いってくるね」
扉の前まで来るとこれ以上先は楓真くんは入れない。ずっと握っていた手をぎゅっと強く握り、僕から先にそっと離した。
名残惜しそうに彷徨う手が頭と頬を撫でていくのを目を細めて受け止める。
「いってらっしゃいつかささん」
「うん……大好きだよ楓真くん」
「っ、俺も、つかささんが大好きです」
仰向けの体勢のお腹が邪魔で閉まっていく扉の隙間を最後まで見ることはできなかった。が、おそらく閉まってもまだそこにいるのだろう楓真くんを想う。
大好きな楓真くんと子供たちに囲まれた幸せな家族。
麻酔で徐々に薄れゆく意識の中、そんな幸せがもうすぐやって来るのだと、期待をいっぱい膨らませたところで意識はぷっつり、途絶えた―――。
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