【本編完結】欠陥Ωのマタニティストーリー

カニ蒲鉾

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1【妊娠】

1-9 妊娠生活(4)

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「つかささん何なら飲めそうですか?」
「……レモン水」
「すぐ入れてきます。キツかったら横になっててくださいね」
 
 
 楓真くんに付き添われやっと吐き気が治まった頃、そのまま13階の同フロアにある楓真くんに割り当てられた専用部屋へと連れて来てもらっていた。
 
 3年前までは修行の身という事から特に特定の部屋がある訳でもなく、社長室に臨時として身を置いていた楓真くんだが、とある重役の失速を機にその部屋を楓真くんが使えるようリフォームが入り、数年経った今ではすっかり部屋の主として過ごしていた。
 この部屋ができた当初、いつでも来てくださいむしろ入り浸ってください、つかささんの席ここに用意しましょうと散々言われていたが、そんな事できるはずもなく断り続け落ち着いたと思われた───けれど、この妊娠発覚を機に再びその案は楓真くんの中で再熱しているらしい。
 仕事で用がある時以外はなるべく入り浸らないよう気をつけてはいるものの、実際この部屋は楓真くんのフェロモンと匂いで溢れ、もはや一緒に暮らす家の次に落ち着く場所となっていた。
 極めつけは、座り心地のいいソファセットにつかささんが使う用と言ってふわふわのブランケットが常に置いてあるという事。それにも楓真くんのフェロモンがたくさん付着し、気付けば無意識のうちにそれに手を伸ばしてしまっていた。
 
 
 
 
「横になってればいいのに…」
 
 
 楓真くんが戻ってくるまでの間、力なくソファへ沈み込み、ブランケットにくるまり目を閉じて待っていた。そんな僕を、飲み物を持って戻ってきた楓真くんが心配そうにひと撫でするとお願いしたレモン水を手渡してくれる。有難く受け取り一口飲むと、サッパリした口当たりに気分も少し良くなった。
 
 何口か飲み満足した頃、再び伸びてくる手は半分ほど残っているグラスを回収していく。
 そのままグラスが目の前のローテーブルに置かれるのを見届けたあと、再びソファへもたれ込むように深く座ると、すかさず隣に腰かけた楓真くんに優しく引き寄せられた。とっくにスーツのジャケットとネクタイは取り払われていた為、とても楽な格好で楓真くんの膝を枕として横になってしまう形に……。
 
 
「楓真くん…さすがに会社でこの体勢は誰か入ってきた時に示しがつかないよ……」
「番が体調悪いのに気遣うことの何が悪いんですか」
 
 
 キッパリ言いきられてしまい、頑として譲らない姿勢の楓真くんにこれ以上何も言えず、黙って甘えることにした。
 
 仰向けで見上げれば、覗き込む楓真くんと目が合う。
 
 
「休憩あと30分くらいですね。何かお腹入れれたらいいんですけど…食べれそうですか?」
「……いらない」
「んんん…そう言って朝もあまり食べてないし…」
「食べ物の事を考えるだけで気持ち悪いんだもん…」
「そんなかわいく言わないでぇ……つかささんの身体が心配です」
 
 
 つわりが酷くなるにつれ、食欲も段々と落ちていた。
 レモン水のようなサッパリとしたものばかりを欲する口は、なかなか固形物を受け入れようとしない。それでもお腹の中の子のためにも食べなくてはいけない、そうわかってはいても、気持ちと身体が追いつかなかった。
 
 
「そういえば楓真くんお昼食べてないよね…僕の事は気にせず食べてきて」

 
 秘書室の前でばったり会ってからずっとつきっきりで付き添ってくれていた為、もちろん楓真くんにもお昼を食べる時間などなかった。申し訳ない気持ちでそそくさと身体を起こす。
 
 
「俺も昼は別に大丈夫なんですけど……あ、そうだ!ちょっと待ってくださいね、この前頂いた物があって――」
 
 
 そう言って立ち上がる楓真くんはデスクの方へ向かい何か紙袋を取り出している。そのまま持って戻ってくると再び隣へ腰を下ろした。
 
 紙袋から取り出されるものを楓真くんにもたれかかりながらジィっと見つめる。
 出てきたのはオシャレな包み紙で包装された箱。
 
 
「?それは?」
「取引先からの頂き物なんですけど、ほんと耳が早いですね俺の番が妊娠したことを聞きつけたその社の社長が妊娠時のつわりにもオススメという事でドライフルーツを頂きました」
 
 
 パカッと開けた箱の中身はキラキラ輝くドライフルーツ。レモン、オレンジ、マンゴーとオレンジ色の果物が綺麗に並んでいた。
 
 
「これなら固形物でも口にできるかなって思うんですけど、どうです?」
 
 
 自然と口内に唾が溜まる。
 久しぶりに、食べたい、という欲がわいてきた。
 
 
「食べれそう…かな……」
 
 
 心配そうに様子を伺ってくる楓真くんにこくりと小さく頷き期待の目を向けてしまう。
 そんな僕の様子に気づいたのか、ふふっと笑いながら楓真くんの指が薄く輪切りにされたレモンを摘むと、そのまま僕の口元へ運ばれる。数秒じぃっと見つめるがやはり気持ち悪さは全くない。本当にこれなら…と期待の気持ちを込め、あむ、と小さく齧り付いた。
 もぐもぐと咀嚼し、ごくりと飲み込むこの間、黙って見つめ続ける楓真くん。

 そして───


「……おいしい」

「!よかった…たくさん食べてください」


 砂糖不使用のシンプルなドライフルーツは、レモン水以上にサッパリとした口当たりでとても美味しかった。
 そして何よりも、固形物を食べる事で胃が受け入れ態勢を取り始めている。
 
 
 全種類ひとつずつ、次から次へと楓真くんの手から直接口元へ運ばれる光景はまるで餌付けのよう。それでも、楓真くんが食べさせてくれているおかげか不思議と食が進んだし、楓真くんも楽しそうにどんどん運んでくれていた。
 
 
 
 
 
 
 
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