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第二章【記憶】

2-22 遠い記憶の約束(1)

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 その後、ひそかに注目されているテーブル故に新しく座る人が増えることも無く、教室の隅に位置する二人だけの広いテーブルは主にラウルが話してレオンハルトがツッコミを入れ、時たまくすくす笑い合うといういつも通りの何気ない会話がぽつりぽつりと交わされた。
 教室の至る所で同じように生徒同士会話に花を咲かせていると、いままで特に意識していなかった壁掛け時計の針が不意にカチッと大きな音をたて動いた瞬間、その振動でビリビリと身体が揺れるほどに厳格な鐘の音が学院中に鳴り響いた。
 
 
 ゴーン…ゴーン…
 
 
 聞いたところ音の発信源は学院内の少し離れた森の中にぽつねんと存在する無人の巨大な時計塔なのだが、そこから教室まで音は一切負けることなく、全生徒へ授業のはじまりと終わりを正確に告げるメリハリのある音を響かせていた。
 身体の芯までビリビリ響くその感覚にいまだ慣れない新入生たちはビクッと固まり一斉に口を閉ざすと、四方自由に向けていた姿勢をきちんと正し自然と授業を受ける体勢を作っていた。
 
 そんな緊張感漂う中でもひとり冷静なレオンハルトは隣のラウルをチラッと見ては笑いがこぼれそうになるのを必死に堪えていた。
 ピンッと伸びたラウルの背筋は緊張からか鐘の振動からか…何かしらの影響でプルプル震え、見えないはずのしっぽがぶわっと広がり天井に向けて伸びている幻覚まで見えるほどだった。
 
 
「ふ……ラウル…やば」
「……うぅ…突然の大きな音はびっくりします」
「これからずっと聞くものだから少しずつ慣れな」
「ひゃい……」

 
 しっぽを丸め、うぅぅと小さく縮こまるポメラニアンにしか見えないラウルの細かく震える頭をぽんぽんっと数回撫で震えを抑え込む手伝いをしていると、不意に静かな室内だからこそ気付き聞こえた、教室の外の廊下から段々近づいてくるカツンカツン――という規則的な音。
 それはまるでゆっくりとした歩みを表している…と思った瞬間、閉ざされていた教室の扉が突如開き、ローブを着用した白髪の初老男性が大きな赤い石が埋まった木製の立派な杖をつきながらゆっくりと姿を現した。
 
 
 ざわっと揺れる教室内を優しい笑みを携えながら見渡し、曲がった背中でゆっくりゆっくり教壇まで歩くその姿を生徒達もまたじっと見つめていた。
 この学院に来て初めて触れた教師シリルとはまた違う、偉大な魔法士の風格が漂う老教師が開口一番何を言うのか――
 全員が見守る緊張の中、とうとう教壇へとたどり着いた教師は、片手でついていた杖を体の中心両手でつき直すと教卓の横へ立ち、そして――
 
 
「この老いぼれ相手にそう緊張するでないぞ若者たちよ」
 
 
 ふぉっふぉっふぉとほがらかに笑い、顎の柔らかそうな髭を撫でながらそう静かに言い放つその雰囲気が一気に生徒の緊張感を解くきっかけとなり、ラウルの肩の力もすぅと抜けていた。
 
 
「儂はモルト・ボールドウィン、しがない魔法士じゃ。お主らよりは長生きしておるゆえ力になれる事があるかもしれん、なんでも気軽に質問するといい」
 
 
 そう穏やかに言うモルトは再び教室内を見渡し生徒一人一人の顔をしっかり確認していくと、ある一点、ラウルとレオンハルトのテーブルで不自然に視線が止まったかと思えば、開いているのか閉じているのかわからなかった目を大きく見開き、感極まったかのような表情を一瞬見せたのもつかの間、満足そうに頷くと何事も無かったかのように次のテーブルへ視線が逸れていった。
 そんなモルトの意味深な一連の動作を全く意味がわからず不思議そうに眺めていたラウルとは違い、レオンハルトは自分ではなくラウルを見てモルトがそのリアクションをしていた事を不思議に思っていた。
 というのも、レオンハルトはモルトをずっと前から知っていた。その当時のことを思い浮かべようとしたレオンハルトの思考を打ち消すかのように何故かこのタイミングで隣のテーブルの囁きあいが鮮明に耳に入ってくる。
 
 
「ねぇ、モルト先生って宮廷魔法士で有名だったあのモルト・ボールドウィン?」
「あ…やっぱりそうか?姿を見たことはないけど名前は有名だよな」
 
 
 隣のテーブルの囁きあいにラウルも気付いていたのか、ちょんちょんとレオンハルトの袖を引っ張ってくる。引かれるままラウルに耳を寄せれば……
 
 
「レオくん、宮廷魔法士ってなんですか…」

 
 口に手を当てこっそり聞いてくるラウルの無駄に真剣な表情にため息がもれるレオンハルトだった。
 
 
 
 
 
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