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第二章【記憶】
2-5 あまたの視線(2)
しおりを挟むなにも信じたくない現実逃避に走ったラウルはもはや体を起こす気力もわかず、レオンハルトに全体重をあずけぐったりもたれかかっていた。実際目を開けていると視界がぐるぐる回転し気持ち悪さもやってくる。リカルドに関することで何か不安になるとすぐ精神に影響が出る。ラウルの変わらない習性だった。
「おいラウル?マジで顔真っ青…大丈夫か?」
「……うぅ、リカ様」
「リカルド先輩呼べばマシになる?ってもなー…あの中に行くのは…あ」
「ラウル」
うるさい喧騒の中、突如透き通ったクリアな声がラウルの耳に届いた。瞬間、ぐったり閉じていた目がかっと見開き、その声の方へ反射神経以上のスピードで反応を示す。レオンハルトも逐一ビックリしなくなるほど徐々にラウルの反応に慣れつつあった。
歪む視界の中、心配そうな表情を浮かべたリカルドが少しずつ近付いてくるその光景がラウルには後光を放ちながらやってくる天使様に見えていた。
「天使様…?わぁ、また会えた……」
「ラウ、僕だから。天使じゃないよ」
ヨロヨロと伸びるラウルの両手を苦笑しながら受け止めたリカルドは、ほんの一瞬、他の男の腕に抱かれる姿に目を細め、まるで我が手に取り戻すかのようにそのまま慣れた手つきで軽々と抱き起こす。空気が読めるレオンハルトはすぐさま空気となると離れていくラウルを黙って見送った。
ふわりと感じる浮遊感と嗅ぎなれた香りに「ふぇ…」と小さく反応したラウルはゆっくり顔を上げるとそこで初めて至近距離で視界いっぱいにうつるリカルドを認識し目を限界まで見開いていた。
「リカ…様……?」
「うん、僕」
「っ!」
本物のリカルドだとわかった瞬間、抱き上げてくれているリカルドの体に腕も脚もぎゅっと巻き付けコアラのように力いっぱい抱きついた。そんな全力のラウルの抱擁に笑いつつおしりの下にまわした手でしっかり支えてくれる。昨日の歓迎会途中退座に引き続き、周りの視線などお構い無しの堂々とした二人に注目は集まりっぱなしだった。
「よしよし――何か嫌なことがあった?」
なんでも話して、と抱き上げた状態で目線が上なラウルを下から見上げる。
もごもごと言いにくそうに口ごもるラウルに、ん?と微笑み促せば、やっとその重い口が開かれた。
「リカ様っあの、本当ですか…?野蛮な人とお付き合い…」
「してないから」
周囲に聞かせる意味も含め、きっぱりはっきりと否定する。
もう一度ラウルに言い聞かせるように「付き合ってないよ僕にはラウルだけ」と優しく伝えれば、ざわりとざわめく周囲に反し、リカルドの言葉が絶対のラウルはリカルドが違うというのなら違うのだと一気に納得安心し、安堵の表情を浮かべた。
満面の笑みでむふんと笑うと再び顔をリカルドの首筋に埋め、ぎゅっと抱きつくラウルを満足そうに抱き抱えるリカルド――そんな光景を一歩離れて眺めていたアルフレッドは何故だかわからない懐かしさを感じていた。
小さな体で思いっきり抱きつきしがみつかれるその感触は、幼少期のアルフレッドが好きだった懐かしい記憶。
気付けば考えるより先に口が声を発していた。
「なぁチビ」
「……チビって呼ばないでください」
リカルドとの幸せタイムに突然口を挟んでくる不届き者を、リカルドの肩越しに顔半分のみ出してじとっと視線を送るラウル。
「っち……ラウル」
「ひょあっ!?リカ様舌打ちされました」
「物騒だね」
半分のみ出ていた顔までもぴゃっと全て引っ込ませ、リカルドに泣きつく。見かねたリカルドは自分がアルフレッドと対面するよう、体の向きを変え「なに」と目で訴える。
「ちょっと話すだけでなんでお前を通さなきゃダメなんだよめんどくせぇ…過保護すぎだろ」
「どうせろくなこと言わないでしょ早く言いな」
「はいはいわかりましたよ、っち……めんどくせぇな」
何度も舌打ちを漏らすアルフレッドの不機嫌そうな態度にビビるラウルは一体何を言われるのか、リカルドの陰に隠れそっと様子を伺って待った。周りの観衆もアルフレッドが何を言い出すのか興味津々だった。
そして―――
「……ちょっとそいつこっち寄越せ」
「……は?」
これには全員が頭の上にはてなを浮かべた。
一体この俺様は何を言い出すのだろうか。理解の追いつかない反応を感じ取ったのか、「あークソっ」と髪をかき乱したアルフレッドは開き直ったのか今度は堂々とわかりやすくもう一度その言葉を繰り返した。
「だから、俺にもラウル抱かせろ」
「は???」
ざわっとざわめく食堂内に「絶対嫌です!!!」というラウルの泣き声が響き渡った。
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