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第一章【新生活】
1-21 ラウルの秘密(4)
しおりを挟む中でイったラウルがあらい呼吸を繰り返している間にサッと抱き抱え浴室の外へ運び出す。まだ甘い痺れが残っているのか、タオルで身体に触れる度ビクッと震えるラウルをなだめながら黙々とその作業を進めて行った。
「ラウ、まだ寝ないでパジャマ着て」
「んんぅ…無理です目が開かないです…」
タオルに包んだままベッドに下ろすと、すぐにゴロンと転がり寝る体勢に入るラウルに苦笑しながらせめて上だけでも、と服を探しに行く。
ささっと自分の寝巻きを身につけラウルに着せる物を持って戻れば、予想通りベッドの真ん中に陣取るラウルはすやすや寝息をたてすっかり眠りについていた。
「ラウル、風邪ひくよ」
「んん…」
ベッドサイドに腰掛け、目にかかる濡れたラウルの前髪をサラッとよけながら声をかけるがその目が開く気配は全く無かった。
あまり使いたくはないが仕方ない…机に置いておいた自分の杖を手に取ると短い呪文とともにラウルへ向ける。
すると、キラキラ光る微細な粒子がラウルの周りに集まりだす。そして、はらりと落ちるタオルを置き去りに一糸まとわぬ姿のまま見えない糸に絡まったあやつり人形かのように横たわった状態でその身体がふわりと宙へ浮いた。
下敷きになっていた濡れたタオルがひとりでに抜き去られ、代わりにリカルドが手に持っていたロングシャツが勝手に着せられていく。その間温風が髪をも乾かしていった。
あっという間に寝る体勢が整うと再びふわりとベッドの上に戻され、ふかふかの毛布が顎下までを覆い完璧な状態で魔法が終わった。
今のは全て風魔法を使ったカンタンな基本魔法。
魔法は便利だ。それぞれ個人の魔力純度や量によって使える時間や大きさに差はあれど、物事を動かす要領で空だって飛ぶことができる。
「はぁ、疲れた…」
つい漏れてしまうため息。思い返せば歓迎会オープニングの際に派手に力を使い、今もこうやってラウルに使い、じわじわと魔力の消耗を感じていた。
リカルドは純度と精度の高い強い魔力を持ってはいるが如何せん疲れやすい。その点でアルフレッドに及ばず入学以来ずっと次席の成績だった。その順位に対して特に不満はない。別に首席を目指しているわけでもなかったし、適当で自由な性格だがアルフレッドの能力の高さと頭の良さは幼少期から共にすごしてきて十分わかっている。
「だけど、そうやすやすとアルフレッドに渡したくないんだよね――今はまだ」
気持ち良さそうに眠るラウルの頬に触れていると自然と笑みが浮かぶ不思議な感覚。
共にすごしてきた年月で培った愛情は誰にも負けない自信があった。
もう10年も前、父に連れられやってきたラウルと初めて会った日の事をリカルドは鮮明に覚えている。一目見た瞬間から、この子を自分だけの世界に閉じ込めてしまいたい…そう強く思ったあの日の事を。
そして、リカルドの中での大きな転機となった父から真実を聞かされたその日の夜、隣ですやすや眠るラウルを眺めながら一晩中眠れない夜を過ごした7歳のリカルドが考えたこと――ラウルをどうやったら自分のものにできるのか。
誘拐の脅威から守るため記憶まで封印されたラウル。ラウルがその事実を知って、それでもアルフレッドの手ではなく、この手を取ってくれるのなら……父はもちろん国を敵に回しその脅威にリカルド自らなってもいいと、本気で考える自分を必死に押し殺してすごしてきた。
「……アルフレッドが羨ましい」
誰にも言ったことのないリカルドの本音。
何もしなくても、いつかはこの子を自分のものにできるアルフレッドが、心底羨ましくて仕方がなかった。
ラポワントの家で過ごしてきた時間は誰にも邪魔されることなく自分とラウル二人だけの世界だった。だけど、もう違う。ラウルが外の世界を知る限られた時間。人見知りはするが、根は明るくて素直なこの子は間違いなく誰からも愛される。太陽みたいな屈託のない笑顔が不特定多数に向けられる。
「ねぇラウ……僕をひとりにしないで」
誰に聞かせるでもない呟きを、眠るラウルに吐き出すのは一度や二度じゃない。
ラウルはリカルドを完璧でカッコよくて尊敬できる唯一の人だと言う。だけど実際は全くそんなんじゃなかった。ラウルの前ではよく見せたいというただの虚勢、みせかけの姿。実際は大事なものひとつ守れないただ指をくわえて奪われるのを見届けるしかできない無力なヤツだった……。
永遠に触れていたい柔らかな頬の感触を堪能しながら、毛布からちょんと出ているかわいい手にそっと触れると、眠りながらもきゅっと握られた。出会った頃と変わらないいつまで経っても赤ちゃんみたいなラウルにくすっと笑いながら、起こしてしまわないよう慎重にその隣に身体を横たえ腕の中へ抱き寄せた。
すると、眠りながらもスリスリ胸に潜り込み落ち着くポジションを探るラウルの様子をじっとされるがまま伺っていると、コアラのように腕も足も絡ませ抱きついてくる。
本当に、可愛くて堪らない。
満足したのか気持ち良さそうにすやすや眠るラウルの寝顔を飽きることなく一晩中眺めて夜を過ごした。
こうして、ラウルの魔法学院入学の夜はふけていった。
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