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3【招待という名の呼び出し】
3-17暴君(7)
しおりを挟む待つこと数分。
淹れたてのコーヒーのいい香りと共に無表情で戻ってきた女性が、押してきた簡易ワゴンから手際よくテーブル上にコーヒーカップを並べていき、あっという間にセッティングが完了する。
そのまま役目は終わったと言わんばかりに丁寧なお辞儀を残しすぐさま去っていく彼女の背中を目線だけで見送った。
その間、やはり一柳代表は一度たりとも使用人と言葉を交わすどころか目もくれる様子もなかった。
使用人と聞いて真っ先に思い浮かぶのは普段、楓珠さん宅でお世話になっている家政婦のトヨさんが一番身近な存在ではあるが、楓珠さんとトヨさんの間での会話はもちろん僕や楓真くん、そして子供たち、誰とでも分け隔てなく会話する常に明るい彼女を見慣れていたせいか、ここの使用人はまるで感情のないただ自分の役割だけをまっとうする人形のように思えてしまう。
そんな思考のまま、無言でカップへ手を伸ばす目の前の一柳代表をじっと見つめながら思うのは、コーヒーを運んだ使用人だけでなくここまで連れてきた秘書や運転手、その他まだ見ぬ一柳で働く人々との間には、雇い主と労働者という完全なるビジネスでの上での関係で成り立っているのだろうと安易に想像できた。
カチャンという陶器同士がぶつかる小さな音でハッと我に返り慌てて視線をあげれば、コーヒーカップをソーサーに戻し面白そうにこちらを眺めている一柳代表と視線がぶつかる。
「随分熱い視線だな」
指摘された瞬間、カッと顔に熱が集まる。
「あ、」
使用人に対する氷のような冷たい態度とは裏腹に、僕のその反応までニヤリと眺められていた。
「まぁ、いい。改めて橘つかさくん、突然呼び立ててすまなかった、年末に会った時からキミとはじっくり話をしたいと思っていてね」
「い、いえ、とんでもないです」
突然本題に入る展開の速さに若干置いていかれそうになりながら必死に返事を返す傍ら、お忙しいあなたが僕に何の用ですか――なんて、口が裂けても言えない。
心の声を全て呑み込み、当たり障りのない返答で返したはず……が、音となって全員の耳に入ってきたのはその心の声のままだった。
「で、何の用ですか」
―――っ水嶋さん!?
音の発信源である隣を勢いよく見やれば、先程自分は空気と自ら言ったはずの水嶋さんがさっさと終わらせ帰りたいという感情を隠しもせずしれっと言い放っていた。
「驚いた。今どきの空気は喋るのか」
「マイナスイオンも出せますよ浴びますか?」
「有毒な気体で殺されかねんな」
結構だ、と断る代表は再び僕の方へ視線を寄越してくる。水嶋さんが口を挟むとすぐ話が脱線している気がする。
「オメガながらキミの優秀さには目をみはった。まるでうちのとは比べ物にならないな。気になって少々経歴を調べさせてもらった」
「え…」
つらつらと述べられる言葉に目を見開くことしかできない。
調べた――何を……おそらく全てなのだろう。
「あの辛い境遇からよくここまで芽を出した。キミを見出した楓珠は流石だな」
「……楓珠さんには数え切れない恩があります」
「そうだろうが、あいつのことだ、そんな風には思ってないだろう。――その息子が運命の番、か。世界は広いようで驚くほど狭い。政府の制度が整いつつあるとは言え、いまだアルファとオメガで番になるのも難しい世の中、運命と出会うなんて奇跡でしかない」
「……たまたま、です」
控えめにそう言うも、ふ、と鼻で笑われるだけ。
一体、代表は何が言いたいのだろうか……
そんな僕の疑問はすぐに知ることとなる。
「前置きが長くなってしまったな、我々一柳は今後新しい事業としてAIを駆使したマッチングサービスに力を入れていくつもりだ」
果たして、こんな企業秘密を他社の自分が聞いてしまってもいいのだろうか……現にあの水嶋さんですら唖然としている。
そんな僕たちの表情を読み取った代表はまたもや、ふ、と鼻で笑ってみせる。
「問題ない。これはすぐ間近に控えている株主総会で発表する内容だ。ついでに言うとその責任者は私ではなく、長男に任せるつもりだ」
「……真樹彦さん、ですか」
訝しげに聞く僕にそうだ、と頷きが返ってくる。
「そこで本題だ。そんな奇跡を起こしたキミをぜひ我社はヘッドハンティングしたい。キミを長男のメイン秘書に、と思っている」
「……え?」
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