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3【招待という名の呼び出し】
3-9予期せぬアポイント(5)
しおりを挟む一時騒然とした空気をなんとか整えるべく一旦楓珠さんと水嶋さんを社長室へ招き入れ対面でソファへ腰掛けると事の経緯を楓真くんが簡単に説明した。
「――って感じで、久しぶりに宗介さんの暴君が発動してつかささんが巻き込まれてる」
「なるほどねぇ」
「昔から変わんねーなあの人」
「本当に」
一柳代表は元々楓珠さんの学生時代の先輩だと話に聞いてはいたが、水嶋さんの反応から察するに水嶋さんの先輩でもあるようだ。
自分の知らない楓珠さんたちの事情には自らあまり首を突っ込まず空気のように振る舞うに徹するのが長年共に仕事をさせていただいて学んだことだった。
楓真くんの説明を聞いてから何か考える様子を一瞬見せた楓珠さんはすぐさま結論が出たのか、うん、とひとり頷くと突然水嶋さんを指しにっこりこう言い放った。
「いいよ、水嶋くんを貸してあげる」
「は……?なんで俺が……」
「こら、面倒くさそうな顔しないの。これは上司命令です」
「業務まったく関係ねぇー…」
キリッと言う楓珠さんに対して完全に嫌そうにする水嶋さん。その姿は会社のトップと秘書という関係には一切見えず、どんな反応をしていいのか僕はもちろんさすがの楓真くんも戸惑ってしまった。
「えっと……?父さん午後からの予定は大丈夫?」
「問題ないよ、代わりに瀧川くんに同行をお願いしようかな」
「俺が問題あるんだが」
「水嶋くんの意見は却下です」
「おまっ」
にこにこ笑顔の楓珠さんにもはや何を言っても無駄だと諦めたのか、はぁー…とため息を吐いた水嶋さんはドサッとソファへ深くもたれかかり好きにしろと投げやりな態度を示し、それを見た楓珠さんは満足そうに「そういう事だから」と締めくくった。
「……あの、?」
「つかささん、ここは父さん達に甘えましょう、知弦さんなら俺も安心です」
「本当にいいのかな……」
顔を寄せてきた楓真くんとコソコソ耳打ちを交わし合っていると不意に「橘」と名を呼ばれる。
咄嗟に返事をしながら、呼んだ声の主である水嶋さんの方にさっと視線を向ければ、面倒くさそうな表情は変わらずそのままに、足を組み肘掛に肘をついた手でこめかみの辺りを支えながらこちらを見つめる姿勢は、俯瞰してこの光景を見た時この中で誰が一番のトップなのか疑問に思うほどふてぶてしい態度。
それが許されるのは水嶋さんが楓珠さんの学生時代の友人であるという事以外にも、この姿からは想像できないほどオフィシャルな場では抜群に仕事が出来、楓珠さんの信頼が厚い敏腕秘書だから。そしてさらに歴史ある老舗旅館の長男という家柄を持つ水嶋さんのような優秀な人がなぜ秘書としておさまっているのか……本人が言うには、ベータの俺に見切りをつけた家族の期待は早々にアルファの弟に移ってくれたから自分は自分の人生を好きなように生きてるだけ、とは言うが、単純に楓珠さんの為なのだろうと僕は思う。
そんな水嶋さんが、楓珠さんの為になる事以外で動く時は正直言って滅多に無い。
だから今回も断られても仕方ない――そう思いながらその先に続く言葉を聞くためじっと水嶋さんを見据えていた。
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