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3【招待という名の呼び出し】

3-6予期せぬアポイント(2)

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 誰ともすれ違うことなく駆け足で廊下をぬけるとあっという間に社長室前までたどり着いた。
 
 たった数秒の移動だけで乱れる呼吸を落ち着かせながら視線だけをチラッと動かし在室中の表示を確認すると、焦る気持ちはノックも丁寧にできないありさまに自分でも内心驚いてしまう。
 しかしそんな感情も一瞬で消え失せ、返事が返ってくるやいなや余裕のない入室は中にいる楓真くんを僕以上に驚かせてしまった。
 訪問者がまさか僕だとは思っていなかったのか、訪問者である僕の姿をとらえた途端入口正面奥に位置するデスクで書類を捲る体勢のまま不自然に止まり、ポカンと目を見開く楓真くんはハッと我に返ると慌てて立ち上がり、扉に手をかけたままそこから動かない僕の元まで自ら駆け寄ってきてくれた。
 
 
「つかささん?どうかされました?」
「ふ、ま…くん」
「えっ、えっ、本当にどうしたんですか、とりあえず中入って、ね?」
 
 
 あまりにも情けない顔を晒してしまっているのか更に心配を募らせる楓真くんは中に招き入れる為さっと腰に腕を回してくれる。
 普段なら少しの接触ですら仕事中です、と秘書として頑なに回避していたが、何も言わず頼りなくもたれかかる僕の様子にただ事では無いと察しているだろうが今は何も聞かず「足元気をつけてください」と気を配りながら部屋の中へ導いてくれる楓真くんの優しさに身を委ねた。
 
 背後でパタンと閉まる扉の音を聞きながらソファまで連れて行ってもらい、支えられながら腰をおろせばすぐに楓真くんも隣に腰掛け心配そうに顔を覗き込んでくる。
 
 
「突然ごめんね…お仕事、大丈夫だった…?」
「全然、つかささんならいつでも大歓迎です」
 
 
 安心させるよう手を握ってくれながら優しく微笑まれ、無意識のうちに入っていた肩の力がスっと抜けていく感覚に、ふぅ…と細く長い息を吐き出した。
 
 
「すぐ楓真くんに相談しなきゃ、と思って来たんだけど…今ちょっと話しても大丈夫?」
「もちろんです、聞かせてください」
「うん……」
 
 
 しっかり目を見ながら即答で答えてくれる楓真くんに心強く背中を押されるように、こくりと頷き口を開いた。
 
 
「ついさっき受付から内線が回ってきて…」
「はい」
「それが、一柳代表の秘書の方から、って」
「――え?」
 
 
 目を見開く楓真くんにその時言われた要件まで一気に伝えてしまう。
 
 
「一柳代表が僕個人にアポイントを求めてるって…一旦確認して折り返しますって電話切ったけど――」
「ダメ…です絶対ダメ、てか、俺が電話します」
「え、ちょっ楓真くん!?」
 
 
 半ば冗談かと思いきや本当に懐からスマホを取り出し操作する姿に、嘘でしょ!?と驚いてる間にも連絡先からお目当てを見つけたのかすぐさまスマホを耳に当て完全に電話の体勢をとる楓真くんに開いた口が塞がらない。
 僅かに漏れ聞こえる呼出音が本当に一柳代表へ電話をかけているのだと証明していた。
 
 
 そして、ついにその時はやってきた。
 
 
 
『―――私だ』
 
 
 
 数回続いた呼出音が不意に途切れ、スマホの向こうから低い男性の応答の声が聞こえた瞬間、再び背筋に緊張が走った。
 
 
 
 
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