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2【動き出す思惑】
2-39反省(6)
しおりを挟む「あぁそうだ湖西。一応今後、後腐れなくするためにひとつ聞いておくんだけど、美樹に命令されてつかささんにした事は今日のこれ以外は無いよな?」
「……」
不意に思い出したのか尋ねる楓真くんの問いかけに直ぐには返事がなく言葉を濁す湖西くん。この様子は他にも何かした事があるのか完全に目が泳いでしまっている。もちろんそれを楓真くんが見逃すはずもなく、軽く聞いただけのつもりが事態は急展開を迎えようとしていた。
「は?何したわけ」
「湖西くん、大丈夫、もう過ぎたことだしそもそも僕が自覚してないし、ね!楓真くん、もういいよ!」
「湖西、後から発覚するよりいま全部言っといた方がお前のためだと思うけど」
「楓真くん!」
慌ててフォローしようにも、一瞬で不穏な空気を纏い隠さない楓真くんは言うまで終わらせないの雰囲気で腕を組み湖西くんをジト目で睨み出す。
しばらく続いた無言の攻防戦に負けたのは――湖西くんだった。
「……昨日の飲みの場で、橘先輩のグラスに薬を…盛りまし――っ!!」
「湖西くん!?大丈夫!?っちょ、楓真くん!」
止める間もなく、目にも止まらない速さで振りかぶった楓真くんの拳を顔面に受け、勢いよく崩れ落ちる湖西くんに咄嗟に駆け寄ろうにも楓真くんに腕を掴まれ制されたことでその場で足踏みしてそれ以上進めない。
これは、だいぶまずいのでは――
顔を押え蹲る湖西くんとそんな湖西くんを冷ややかな目で見下ろす楓真くん、その二人の間でひとりハラハラと視線を忙しなく動かし何も出来ずにいる自分。
いままでなんとか堪えてきたのに最後の最後でとうとう手を出してしまった楓真くんに、さすがの楓珠さんもあちゃーと肩をすくめている。
「楓真くん~…従業員への暴行なんてニュースの見出しに載るのは勘弁してね…?あー私は見てない見てない」
珍しくあさっての方向を見ながら現実逃避のようにつぶやく楓珠さんを見ていると更に心配が募り、湖西くんには悪いが僕は社長の秘書として、そして最愛の番として楓真くんを守るため如何に誤魔化すかを必死に頭を回転させ考えるが、当の本人たちは至って冷静だった。
「湖西、二度とつかささんに変な真似はするな、次は無い。美樹にも伝えろ」
「……はい」
「殴った事は訴えるなりなんなりしろ」
「いえ…当然の報いなので、自分でぶつけました」
二人の中では行き着くところに決着がついたようでぽかんと見守る僕に視線を寄越し、再び深く頭を下げる湖西くん。
「橘先輩…すみませんでした、微量ですがオメガのヒートに影響を及ぼす薬でした…」
「あ…だから昨日、酔いが回るのが早かったんだ…」
ポツリと呟く僕に、こくりと頷く湖西くんは「すみませんでした」と何度も頭を下げてくる。
そんなに謝らなくてもいいのに、と思いながらも僕の背後からは楓真くんの厳しい視線を強く感じる。それは湖西くんも感じているようで縮こまるように頭を上げれないでいた。そんな湖西くんを見かねて、楓真くんの視線を遮るようにあえて体の位置をずらした途端、「あっ」と楓真くんから抗議の声が上がるも聞こえないふりをして湖西くんの肩をそっと撫で顔を上げさせた。
「湖西くん、顔を上げて?キミの事情はよくわかったから……確かに昨日はちょっと体調がおかしかったけど、今はなんともないから、もう二度としないと約束してもらえればそれでいいよ。ね?」
「……っ、は…い、すみません…でした」
「聖母みたいに優しいつかささんに感謝しろ」
「こら、楓真くん」
ふんっと不機嫌そうに湖西くんを見下ろす楓真くんに苦笑しながら湖西くんに手を伸ばし立ち上がらせた。
許すという言葉で少しは湖西くんが僕たちに抱える疚しさを取り除けただろうか。
この一件で事情を知ったであろう秘書課の人達にも誠心誠意、気持ちを入れ替えて接して欲しい。
美樹彦さんの命令があったとはいえ、この二日間僕が見た湖西くんの姿は仕事に一生懸命な新入社員そのものだった。
明日からも変わらずその姿が見れることを僕は祈っている。
「顔ごめんね…よく冷やしてね…」
「あ、ちょっとつかささん、あまりこいつを甘やかさないでください、俺の犬にするので躾は厳しくで大丈夫です飴はいりません」
「……俺は美樹さんの犬です」
「犬がいっちょまえに意見言ってんなぁ?」
言い合う二人をくすくす笑いながらそっと見守る。
もしかしたら二人は今後なかなかにいいコンビになるのかもしれない。どちらかというと僕や家族には紳士寄りな楓真くんのこんなにも言葉が崩れた態度はなかなかにレアで、今も大人気なく湖西くんに圧をかける楓真くんをこら、と注意するのだった。
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