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2【動き出す思惑】
2-35反省(2)
しおりを挟む美樹彦さんへの話はこれ以上無いのか、もう用はないかのようにふいと視線を外し、次の代表のターゲットはその奥へと向かう。
「楓珠」
「――はい?」
「ということだ。間際で悪いが招待客の調整は頼む」
「大丈夫ですよどうとでもなります」
この会議室まで代表を案内して以来、一度も口を挟むことなく扉付近で成り行きを見守っていた楓珠さんは突然代表に話を振られても、何一つ慌てることなく冷静ににこりとひとつ返事で快諾していた。
その様子に、さすが楓珠さん…と心の中で尊敬の眼差しを送ってしまう。
大抵の人間はおそらく一柳代表に突然話を振られようものなら、一秒でも時間を無駄にしないといった雰囲気のプレッシャーに呑まれ、答えにどもったり慌てたり、支離滅裂な返しをしてしまいかねない。
彼の実の息子ですら、そうだった。
さらに楓珠さんは終始蚊帳の外に徹し、まさかここで自分に飛んでくるとは思いもしていなかったことだろう。
どうやらそう思っていたのは僕だけではなかったらしく、代表もおや、と楽しげに目を細め眉を上げていた。
「なんだ起きてたのか。あまりにも空気に溶け込んでいるものだから私はてっきり寝てるのかと思ってたぞ」
「しっかり起きて見守っていましたよ。うちは父親があまり出しゃばりすぎないようにするのが御門家の教育方針なので」
「それはうちに対する嫌味か?」
「いいえ~まさか、そういう意味では無いですよ」
聞いてるこっちがハラハラするような会話を当の本人たちは涼しい顔で交わし合う。
二人のそんなやり取りは取引関係にあるトップ同士の雰囲気というよりも、昔からの知り合い特有の僕たちが到底首を突っ込めないような気心が知れた雰囲気が漂っていた。
会社の代表という立場の前に、同年代かつ同年代の息子を持つアルファ性の父親という共通点。というのも軽く聞いた話によると、楓珠さんの学生時代の先輩として一柳代表との接点は始まっているようで、そこから子世代まで及び軽く20年以上もの付き合いともなればそうなってくるのだろう。
楓真くんも散々二人を見て育ってきているのか、慣れた光景であると早々に見切りをつけ、首を突っ込まず傍観に徹していた。
「冗談はさておき、馬鹿な愚息のせいで御門ホールディングス及び御門家との関係を悪くすることを私は望まない」
「そう思っていただけるのは光栄です」
「御門の利用価値は高いからな。楓珠、楓真、謝罪と詫びはまた後日改めてさせてくれ」
損得勘定で人との付き合いを判断している感は否めないが、一番の身内である美樹彦さんに対する容赦のない切り捨て行為を見てしまっていたからだろう、意外にも誠意を持って対応してくださる人だったのか、という驚きを顔に出さないよう努めていると、楓真くんは捉え方が違った。
「宗介さん、謝るのは俺や父さんにではなく、つかささんにです。そして宗介さんや一柳としてじゃなく、美樹が謝るのが筋です」
「……だな。お前が正しい。美樹彦に正式に謝罪をさせる。また後日出直させてくれ」
「お願いします」
真樹彦さんの背中に隠れ小さくなっている美樹彦さんとは視線は合わないものの、こうして一旦、美樹彦さんの暴走未遂事件は一柳代表預りとしてひと段落となった。
張り詰めていた緊張の糸が一本一本ほどけていく。
「話は以上だ。悪いがこの後のスケジュールがつまっているので私はこれで失礼する。真樹彦、美樹彦にしっかり言い聞かせておきなさい」
「はい父さん」
「……パパ忙しいのにごめんなさい」
テキパキと指示を出し颯爽と去ろうとする一柳代表は「あぁ、そうだ」と何かを思い出したかのように立ち止まる。そして、何故かその視線は僕の方へ向いていた。
「つかさくん、今度時間を作る、ぜひ我が社へ。私からも今回の詫びと礼をしよう。追って連絡をする」
「え…」
「な!?宗介さん!?」
戸惑う僕と楓真くんなどお構い無しに言うだけ言って去っていく一柳代表を息子二人は見送るのかその背中を追いかけ出て行く。その一瞬、美樹彦さんがほんの小さく頭を下げたように見えたが、一瞬のことで定かでは無い。
これで少しは懲りて反省してくれればいい、そんな気持ちで見送った。
揃いも揃って嵐のような一族だった。
御門ホールディングスの従業員のみがその場に取り残され、その中には、件のメイン人物、湖西くんも含まれていた。
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