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2【動き出す思惑】

2-32安心感(2)

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「美樹、まだ話は終わってない。逃げるな」
「ひぅっ!」
 
 
 すっかり楓真くんの腕に抱かれ安心していると突然頭上から聞こえてきた、声音は同じなのにさっきとはまるで温度感の違う楓真くんの声とフェロモンに、向けられた当事者でない僕までビクッと震えてしまう。
 そんな僕の振動は触れ合っている楓真くんにも当然伝わり、過剰に反応してしまいバツの悪い表情でチラッと見上げた視線は僕を労る楓真くんの視線と重なり安心するよう微笑みと共にぽんぽんと優しく背中を撫でられる。
 大丈夫、と表情で伝え、伝わったのかにこりと頷く楓真くんは僕を抱きしめたままここで初めて顔を背後の美樹彦さんへ向けさせ、再び「美樹」と冷たく呼ぶ。
 
 
「背中向けてて気付かないとでも思った?残念、俺フェロモン感じるから美樹が動くのもフェロモンでわかるよ。――だから絶対逃がさない」
「べ、つに、逃げるとかそんなんじゃないし」
「じゃあ今すぐ扉にかけてる手離してこっち来て」
「っ~~…うぅぅ」
 
 
 言い合う二人を窺うべく、そっと深く息を吐き楓真くんの腕からチラッと覗いた視線の先には今にも扉から外へ出る寸前の美樹彦さんの姿があった。
 
 楓真くんに指示され渋々扉から手を離した美樹彦さんは湖西くんの背中に隠れるようちょっとだけ顔を出した状態でこちらへやって来る。
 重い足取りではあるが二人が逃げないことを確認した楓真くんは再び僕へ顔を戻すと慎重に顔色を伺いながら「つかささんは座っててください」と急にさっきまで横になっていたソファへと導こうとしてくれる。
 
 
「でも…」
「顔色、悪いです。無理してるでしょ」
 
 
 この空間で一人だけ腰を下ろすのは気が引けたが正直楓真くんの言う通りまだ本調子ではなく、楓真くんの暴行を未遂で止められた事に安堵してからどっと体の重さを感じていたため、逡巡の末、お言葉に甘え座らせてもらった。
 一人で座るには広いソファに腰を下ろすと、いままでの動作で若干肩からずり落ちそうになっていた楓真くんのジャケットを楓真くん自らの手でしっかり羽織らせ直される。その際、シャツ越しにでもわかる胸板の厚さと垂れるネクタイがやけにセクシーさをかきたたせ、そんな光景が視界いっぱいに飛び込んでくる至近距離に何故かドギマギしながら視線を右往左往させてしまう。
 
 
「あ…ジャケット、ずっとごめんねありがとう。もう返した方がいいかな」
「いえ、もうしばらくつかささんが持っててください。返してもらった時つかささんの香りがいっぱいだと嬉しいんで」
 
 
 ね、と微笑む楓真くんに自然な流れで頭を撫でられ、問答無用でこくりと頷いていた。
 そんな僕に満足そうにもうひと撫でしていく楓真くんは上半身を起こすと「さて…」と振り返る。
 
 

「それじゃあ話そうか、美樹、湖西」
 
 
 
 またも同じ人から発せられているとは思えない温度感の違いに震えそうになりながら楓真くんのフェロモンが漂うジャケットをきゅっと握りしめ、三人の成り行きを見守った。
 



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