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2【動き出す思惑】

2-27呼び出しside楓真(1)

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 父さんから得た情報をつかささんへ伝え、用心してもらうため秘書課へ駆けつけた時には時すでに遅し。
 
 
 つかささんは例の美樹の犬―――湖西と共に姿を消していた。



 *****
 
 
 
 呆然とつかささんのいない秘書課を見渡したのは一瞬だけ。今すぐにでもつかささんの姿を探しに飛び出して行きたい焦る気持ちをグッと堪え、自分を冷静に落ち着かせるため、一度目を瞑り的確な行動が取れるよう静かに息を吸い、再び目を開いた時にはここにいる秘書課メンバー全員の視線が自分に向いていた。
 
 花ちゃん筆頭に、ただならぬ気配を察知した表情を浮かべる彼らにも協力を仰ぐため、まず静かに事情を説明していく。
 
 
「父……先代から付き合いのある一柳ホールディングスの次男、一柳美樹彦、彼は俺の幼馴染でもあります。そんな彼が今この社内に来ていて、彼は……世界一ワガママお姫様といっても過言ではない性格をしているんだけど――」
「わかる…」
 
 
 話の途中にポツリと呟かれた声の方へ視線を向ければ、つい先程、嫌という程美樹の洗礼を浴びたばかりの花ちゃんが険しい顔で強く首を縦に振っていた。
 その様子をじっと見つめてしまい、ぱちっと目が合うと我に返ったようにあわわと顔の前で手を振り、どうぞどうぞと身振り手振りが忙しない。
 
 
「ごめんなさい、続けてください」
「うん。で、美樹は自分の思い通りに物事がいかないと気が済まない質で、そのためにも至る所に自分の息がかかった人物を潜ませてる。
 それはこの社内――秘書課にも」
 
「「え…」」
 
 
 全ての事情を知っている知弦さん以外の元から秘書課にいた二人は驚きの表情と共に自然と視線を最近追加された人物松野さんへと向けていた。

 けれど、彼は違う。
 
 
「松野さんじゃないよ。そこは保証済み。美樹の犬は今ここに居ない人物」
「……う…そ、にっしー…?」
 
 
 花ちゃんの驚愕の表情に頷きで返す。
 一番彼と絡んでいたのは間違いなく花ちゃんだ。
 申し訳ないが、事実を受け入れてもらうしかない。
 
 
「そして今、彼はつかささんと共に消えた」
 
 
 この発言で、はっ、と息を呑む気配が浸透する中、正直関係値の低さからここまで黙って聞くだけでいたであろう松野さんが初めて動きを見せた。
 
 
「……社長、発言してもよろしいですか?」
「?はい、どうぞ」
「その時は意図に気付けなかったのですが、今社長の話を聞いて繋がりました。湖西くんが橘さんと出ていく直前に見ていたメールをたまたま目撃しています」
「!何を見ましたか!?」
 
 
 思わぬ情報に身体は前のめりで食いつく。
 
 なんでもいい。
 つかささんに繋がる情報が欲しかった。
 
 
「私が見たのは、蜜柑の絵文字と、来ての一言です。橘さんを連れてくるよう指示する内容だったみたいですね」
「――!」
「ちょっと松野さん!なんでそんな怪しいの見ておいて何も言わず先輩とにっしーを二人で行かせたわけ!?ボスが資料忘れた時は先輩に付いてくって名乗り出てたじゃん!」
「や、私その時もそんなつもりでは…個人的に相談に乗ってもらいたいことがあっただけで…」
「相談…?」
 
「お前ら痴話喧嘩は後にしろ」
 
「「すみません…」」
 
 
 言い合いに発展しそうな二人の会話を止めた知弦さんは今まで黙って出入口付近に立っていた分、大きなため息をひとつ吐いてから俺を押しのけ自分の席へと向かっていく。
 
 
「はぁー…まったく、珍しく気を利かせて橘と湖西が一緒に行動するのを防ぐためにわざわざ俺が自分で資料を取りに行ったというのに、察せよお前ら。さらにめんどくさい展開招きやがって…おい、楓真。どうすんだ何か考えはあるのか?」

 
 肩越しに首だけで振り返り投げかけてくる知弦さんの表情はまるで俺の答えを既に知っているような余裕に満ち溢れた表情を浮かべている。
 そんな知弦さんと数秒間目を合わせ、そのまま左右の三人へと目を向けた。
 視線が合えば自然と頷いてくれる三人全員と目を合わせ、最後に再び知弦さんへと視線を戻した時、さっきまで背中を向けていた彼はしっかり正面を向き直り、自分のデスクへもたれかかるように両手を後ろ手につきながら、さらに一層にやりと笑みを浮かべこう口を開いた。
 
 
「俺を含めて優秀な秘書課メンバーはお前の手足だ。せいぜいうまく使えよ?社長殿」
 
 
 そんな秘書課ボス知弦さんの言葉と同時に頷く三人の目は、正に上司に指示を仰ぐ頼もしい部下の目だった。
 
 

 
 
 
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