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プロローグ
0-2橘つかさの人生
しおりを挟む軋む身体を無理やり起き上がらせ、拾ったシャツ一枚を身にまといふらつきながらも施設を出た、真冬の夜更け近い深夜。
何処へ行くでもなく路頭をさまよっている時に出会ったのがその後の僕の人生を大きく変えてくれた命の恩人、御門楓珠さんだった。
有名企業の代表を務める当時30歳だった楓珠さんは乗っていた車からわざわざ降りてくるだけでなく、僕の格好に驚き、何かを察すると、一旦自分の邸へ来るよう僕を車に乗せた。
温かい部屋で温かい飲み物を与えられながら、俯き何も話さない僕に、自分は番の奥さんを病気で亡くし、一人息子も海外留学に行っているから、どうだろうこのまま一緒におじさんとここで住むのは、とおどけた仕草で僕に提案し、初めは冗談だと思われたそんな言葉も、瞬く間に手続きが進み、結局楓珠さんは本当に、寒空の下シャツ一枚で彷徨う得体の知れない赤の他人の僕を二十歳過ぎるまで衣食住全ての面倒を見てくださった。
身も心も温かい楓珠さんは、本当に善な人だった。
成人してからは学もないこんな僕を秘書として雇い、傍においてくださる楓珠さんの役に立ちたい、そんな一心でたゆまぬ努力と人間性をガラッと変えた月日はあっという間に10年以上が過ぎ去った。
最終学歴が高卒の自分が誰もが知る有名企業に就職できているのはまさに奇跡みたいな事で、時には僻みの的となり、媚び売りオメガ等と影で言われている事も耳に入ってきていた。
けれど、楓珠さんに必要とされなくなるその日までは絶対にこの場所を退くつもりはない、そんな気持ちでがむしゃらに生きてきた。
そんな努力も実を結び、楓珠さんの専属秘書として少しずつ使い物になるようになってきた28歳。ある日突然、海外留学に行っていたという楓珠さんの一人息子である楓真くんが帰国した。
一目見てアルファだとわかる華やかで人目を引く風貌の好青年の第一印象は、その立ち姿からは7歳下とは思えない落ち着きを感じた。
そんな突然の来訪に驚いていると、さらに驚くことに初めて顔を合わせたその瞬間、彼は僕を一目見て『運命』と呼んだ。
運命――それは、アルファやオメガにとって、手が出るほど探し求める、この地球上のどこかに居るかもしれない唯一無二の存在。
そんなおとぎ話のような存在が、実際に存在し、目の前に現れ、しかもこんな完璧なアルファだなんて、簡単には信じられなかった。
そもそも僕はアルファのフェロモンを感じることが出来ない欠陥オメガ。
楓真くんが僕を運命と呼ぶその瞬間も、僕は彼に対して何も感じることができなかった。
それでも僕を変わらず運命と呼ぶ楓真くんに戸惑いながらも彼の一途で熱い想いや、見た目に反した人懐っこい性格に、だんだん心惹かれ、気付けばこのまま彼と共に人生を歩みたい、そんな事を誰かに対して初めて抱いた僕の願い。
そんな折りに開催された社員旅行で解放的になった弾みに想いを伝え合い、身体を繋げた幸せな一夜。
満たされ眠りについた夢のような幸せな時間が思いもよらない形で崩れ去るのも一瞬だった。
楓真くんとの合意の上での行為が引き金となり、養護施設で受けた昔のトラウマが、あろう事か自分を守る防御反応としていまさら姿を現した。
フェロモンを感じないくせに、全てのフェロモンに拒絶反応を示す。
それは楓真くんのフェロモンも例外ではなく、ただ近くにいるだけで匂いとしてはわからないのに、身体が拒否反応を示し、日常生活にまで支障をきたした。
日に日に弱っていく僕の身体を心配し、距離を置こうとする楓真くんとは気まずくなり、あの時期は何もかもが絶望だった。
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