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3【発情期】

3-14 悲しいオメガ

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 次に目を開ける時にはなにもかもが終わったあとでいてほしい……
 
 もしくは――もう目を覚ましたくない。
 
 
 一度ならず、二度までも発情期に引っ張られ抵抗できず受け入れてしまった。
 
 
 こんな僕が誰かの番になるなんて許されるのだろうか……。
 
 
 もしかしたら優しい楓真くんの事だからつかささんは何も悪くないと言ってくれるかもしれない。
 
 
 でもね、楓真くん。
 
 
 どんな顔してあなたの隣に立てばいいのか、わからないよ―――
 
 

 *****
 

 
「――くん、」
 
「……」
 
「つかさくん」
 
 
 重い瞼がピクピク痙攣するのを感じつつゆっくり目を開けると、眩しさになかなか目が慣れず、最初のうちはしっかり開くことができない視界。それも何度か瞬きを繰り返すうちに次第に鮮明になっていった。
 そんな視界の大半を占める真っ白な天井に混じって存在する楓珠さんの顔をぼぉっと眺める。
 
 
「ふ…じゅ……さん」
「うん、おはよう。つかさくん」
 
 
 にっこり優しいいつもの楓珠さんの微笑みを向けられ、一瞬今までの出来事は夢だったんじゃないか、そんな錯覚に陥った。
 
 
「体調はどう?」
「――ぁ、……、」
「急には声出ないよね、一旦水飲もうか」
 
 
 返事をしようと口を開いたものの声が掠れ、上手く言葉にならないことに驚いてしまう。上半身を支えられながらなんとか体を起こし、差し出されるグラスを受け取って冷たい水で喉を潤した。
 
 
「ゆっくりで大丈夫」
「っごほごほ、……っ、はぁ」
「おかわりいる?」
「――大丈夫です、落ち着きましたありがとうございます」
 
 
 差し出される手に空のグラスをあずけ、当たりをゆっくり見回す。ここは、楓珠さんのご自宅で与えられた見慣れた僕の部屋だった。
 
 
「最初の数日は病院に入院してたんだけどね、フェロモンが落ち着いた頃に私の家へ連れ帰ってきた」
「……どれくらい、経ちましたか」
「丁度一週間。なかなか目覚めないからみんな心配してたんだよ」
 
 
 一週間も寝たきりだったなんて……至る所に迷惑をかけてしまったに違いない。
 
 
「……すみません」
「つかさくん、今迷惑かけたとか考えたでしょ」
「ぅ、……でも実際、業務の面でも」
「こぉら、余計なことは考えず、自分の身体の心配だけをしなさい。―――…怖かったね、ごめんね…守ってあげれなくて、ごめん」
「っ、――」
 
 
 そっと抱き寄せられ、楓珠さんの体温に包まれる。途端、どこかで張り詰めていた緊張感が一気に解けてしまった。アルファなのに、アルファのフェロモンを感じさせない楓珠さんの腕の中はいつだって僕を甘やかす。
 
 視界が水面の膜でゆらりと揺れた。
 
 
 
 どれだけの時間をそうしてもらっていたのか正確にはわからないが、穏やかにゆっくり流れる時間に身を委ねていると、静かに楓珠さんが口を開く。
 
 
「椿姫くん達の処遇についてつかさくんの耳には入れておくべきかなと思うんだけど今話してしまっても大丈夫そうかな?」
「……聞かせてください」
 
 
 椿姫さんとその場にいた2人のアルファ。
 手で覆われた不自由な視界の中で、好き勝手蠢く手の感触、生暖かいモノが入ってくる、感触――
 
 思い出した途端、ビクッと揺れた肩はダイレクトに楓珠さんへと伝わってしまう。
 
 
「僕、やっぱり、最後まで――」
 
 
 記憶に無くても身体の感覚は覚えている。
 僕の身体を貫くアルファの感覚。
 この身に直接、精を受けた、感覚。
 
 
 いつの間にか白くなるまで握ってしまっていた拳を楓珠さんがそっと上から包み込んでくる。
 
 
「先に結論から言うと、今回もつかさくんの防衛反応はしっかり仕事をして、望まない妊娠を引き起こさなかった」
「っ」
 
 
 無意識に自分の腹へと手を添える。
 
 
「大丈夫、妊娠はしてないよ」
「よかっ……ぅ、よかった……」
 
 
 その言葉をしっかり聞くまで不安で不安で、仕方なかった。
 楓真くん以外のアルファの精を受け、もし身ごもってしまったら、と考えると恐怖でいっぱいだった。
 
 今度こそ両の目からボロボロと大粒の涙が溢れ出る。
 
 
 この厄介な体質に今初めて感謝した。
 
 
 
「それでね、今から私がする話を聞いて同情する必要は一切ない。彼がした事はれっきとした犯罪だから。それを踏まえた上で聞いてね」
「……はい」
 
 
 涙で濡れた目を拭い、しっかり楓珠さんの目を見て頷き話を聞く。
 
 
「まず、椿姫くんと椿姫専務、それと協力したもの達一人残らず全員――解雇です」
「椿姫…専務も、ですか」
 
 
 それには少なからず驚いてしまう。
 
 
「元はと言えば原因は椿姫専務にある。孫を使って長年違法な接待をしていた事がわかった」
「っ!?」
 
 
 古くからの風習―――オメガの枕接待。
 
 
「会社に入る前……未成年の時から彼は誘発剤を投与され、発情した状態でアルファやベータを相手にしていたそうだ……そんな事を長年繰り返すうちにとうとうある接待で妊娠してしまい、婚約者であった恋人に離縁されてしまった、これが椿姫くんの過去。妊娠もすぐに流す手術をさせられ、彼は身も心もボロボロだったんだと思う」
 
「……」
 
 
 同じオメガとして、言葉にならないショックを感じていた。
 
 衝撃すぎて何も言葉が思いつかない。
 
 ただ一つ言えるのは、一歩過去が違っていれば僕も同じような道を歩んでいたかもしれなかった。
 
 
「警察には椿姫専務と加担したもの達を引渡し、椿姫くんは精神病院へ送ることにしたよ」
「……それで、よかったんだと、思います」
 
 
 そうだね、と呟く楓珠さんの胸に力なく寄りかかる。
 
 
「オメガはどうしてこうも悲しいことに巻き込まれてしまうんだろうね……」

 
 優しい手の温もりを背中で感じながら、ポツリと呟かれた楓珠さんの言葉を苦しい思いで噛み締めた。
 
 
 
 
 
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