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3【発情期】
3-13 怒り(3)
しおりを挟む「橘さん、気持ちよさそうにあのアルファ達によがってましたよ?」
「やめてください」
「やっぱりオメガはその穴を埋めてくれるのなら誰だっていいって事ですね」
「やめろ!」
一分一秒でも惜しいこの最悪な状況で、ペラペラと無駄口を叩く憎たらしいその口をぐちゃぐちゃにねじ伏せてやりたい衝動を必死に抑える代わりに、容赦なく睨み一直線に攻撃性を伴ったフェロモンを飛ばす。
さすがの椿姫秘書もひっと怯み一歩後退りしているのをもう用はないと視界から消し、神経全てをつかささんへ集中させた。
つかささんのフェロモンに引きずられ、こちらの様子には一切関心を見せない暴走寸前のアルファ2人。
むき出しのオスの欲望をつかささんの大事なそこに擦り付け、いままさに入り込もうとしているそんな場面をもろ目の当たりにし、理性の箍が音を立て崩れ去った。
「俺の、つかささんから、今すぐ離れろ」
「っ!?楓真くんっ待ちなさ――」
後ろで父さんの声が聞こえた気がしたが、背を向けているアルファの襟元を掴む手の方が早く、勢いよくつかささんから引き離しそのまま絨毯の上へ叩きつける。
すぐさまもう1人のアルファの腕から奪い去るようつかささんの頭を引き寄せ、その後ろに思いっきり拳を叩きつけた。
しん、と動かないアルファ2人に目もくれず、腕の中のつかささんの様子を慌てて確認する。
「つかささんっ」
「ふまく…ふうまくん…助けて…やだ、ふうまくん……」
涙の跡が残るその目は開いていても虚ろで俺をうつさない。
再びもどしてしまったのか汚れた口元はそのままに、ぶつぶつと俺の名を繰り返し呼ぶ姿にどれほどの恐怖を身に受けたのか、はかりしれないつかささんの恐怖を想像し、心臓が鷲掴みにされるような痛みを感じた。
ふと下半身に目を向けると、白濁にまぎれ赤い鮮血を流す姿に目の前が真っ赤に染まる。
「っ、―――」
自分のスーツが汚れることなど一切気にもとめず、その身を強く抱きしめ腕の中に閉じ込めた。
すると、俺だと気付かないつかささんは弱い力で必死にもがき俺の名を口にする。
「ゃ、やだ、やだ…ふうまく…ふうまくん」
「つかささん、俺です大丈夫、大丈夫だから」
「ふうまくん助けて、ふうまくん」
「っ、つかささん…」
俺の声が届かない。
悲痛な姿に胸を痛め、それでも腕に力を込め俺だと伝え続ける。
「楓真くん、つかさくんを病院へ連れていくよ」
「……」
どれくらいそうしていたのか、父さんに後ろから声をかけられても微動だにせずつかささんを抱きしめ続ける。
背後では続々と守衛たちが駆けつけ、抵抗を見せない椿姫秘書と気絶した2人のアルファを捕獲していた。
「楓真くん一度離しなさい」
「……いやだ」
「楓真くん」
肩にかかる父さんの手を振り払い、聞き分けのない子供みたいにイヤイヤと首を振っていると、滅多に怒鳴らない父さんが、本気で怒った。
「楓真!いい加減にしなさい!今はつかさくんの身体の心配をしろ!」
「っ」
俺だけじゃなく、その場の人間全てがビクッと動きを止める。
つかささんの首筋に埋めていた顔をそろそろと上げ父さんを見上げると、はぁ、とため息をつき、心配が溢れる表情でつかささんの顔に触れていく。
「つかさくんを病院へ連れていくよ」
「……わかった」
小さく呟き、そっとつかささんから身体を離す。
いつの間にか意識を失っていたつかささんが倒れてしまわないよう上半身を支えながら自分のスーツジャケットを脱ぐと肩から羽織らせ、手渡された毛布で下半身をも覆うとそのまま抱き上げた。
途端、毛布越しに感じるどろりと溢れるそれに自然と目を瞑ってしまう。
そろりと目を開けつかささんを見下ろすと、気絶しその顔色は本当に息をしているのか心配になるほど真っ青で今にも儚く消えてしまいそう。そんな存在がちゃんと腕の中にいることを確認するようしっかり抱きしめると父さんの後に続いてゆっくり歩き出した。
守衛に囲まれた椿姫秘書の横を通り過ぎる時、不意にくすりと笑う気配を感じ、ついその歩みをピタッと止めてしまう。
「……何ですか」
「楓真くん。相手にするな」
「何か言いたいことでもありますか」
止める父さんを無視して問う。
実際、知りたかった。何故こんなにも無鉄砲な行動に出たのかその理由を。
口を開くのをじっと睨み見つめていると、再びくすっと笑った椿姫秘書はまるで壊れたブリキの玩具のような不気味な笑みでこう言った。
「他人のお手付きオメガを楓真さんは許せるのかな、と思いまして」
「……」
「発情期で誰彼構わずアルファを求め、精を受け、妊娠しても、楓真さんは許せるのでしょうか」
にこりと笑って、
「僕は、捨てられました」
その言葉に椿姫秘書の背景が一瞬垣間見えた気がした。
だからと言って同情するつもりは微塵もない。
「俺は、たとえつかささんに嫌われたとしてもつかささんを手放すつもりはありません」
絶対に。
そう強く宣言する俺に、目を見開く椿姫秘書。
今一度大切なものを確かめるように腕の中のつかささんを抱き直し、歩みを再開する。
通り過ぎた後ろから小さく、ごめんなさい、と聞こえた気がした。
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