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3【発情期】
3-8 嫌がらせ(4)
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楓真くんに支えられおぼつかない足取りで移動する道中、息は上がり、込み上げてくる衝動の強さはどうにも耐えられそうになかった。
「ふ、まく……吐きそ…」
「っ、先に御手洗向かうのでもう少し頑張ってください!」
「ぅ……んっ」
口を覆う手を剥がすことができず、視界もグルグル周り世界が歪んで見えた。
唯一頼れるのは強い力で支えてくれる楓真くんだけ。もはや全体重をその厚い胸板に預けてしまっている。
彼のそれはさらに症状を悪化させるアルファフェロモンだとわかりつつ楓真くんのモノに安らぎを求め、二の腕に強く額を擦り付けた。
偶然にも連れてこられたのは現在位置から一番近くに位置した最近常連のあのお手洗いだった。
ここに日々こもっている事を楓真くんは知らないはず。
偶然だろうかと思いつつ今は一刻でも早く楽になりたい一心でフラフラ奥の個室へ吸い込まれていく。
「ぅっ、げほっげほっ」
慣れたように口へ指を突っ込み吐く姿を、楓真くんはどう思うのか――
そんな想いが一瞬頭をよぎるがそれ以上に勝る吐き気。吐こうにも固形物がない胃はただひたすら胃液を吐き出し続けた。
終わりの見えない苦しさに視界はボヤけ、指を突っ込む拍子に歯が当たる手の甲は赤く傷つき、胃酸で焼けた喉はヒリヒリ痛む。
ただ唯一、ずっと背中をさすっていてくれる温かい大きな手だけが救いだった。
「つかささん、俺飲み物買ってくるからしばらくここで待っていてください」
「……ん」
吐くだけ吐き、やっと落ち着いた頃、まだ動けそうにない僕は楓真くんの介助で蓋を閉じた便器に座らされぐったりしてしまう。
「すぐ戻ります」
頬に添えられる手にスリっと擦り寄り、温かなそれがゆっくり離れていくのを薄目で追った。
楓真くんの足音がだんだん遠ざかっていくのを狭い個室の壁に寄りかかりそっと耳をすませる。
それも次第に聞こえなくなってしまった。
聞こえるのは時たま響く、ぴちょん――という水の音。
……疲れた。
少しはマシになったと思った途端、これだ。
一瞬見てしまった明らかな悪意に満ちたデスク周りの光景を思い出すだけで再び気分が悪くなる。
発情期ももうすぐそこに控え、少しでも仕事を片付けておかなくてはいけないのに……また、迷惑をかけてしまった。
冷たい壁に額を預け、この後やるべき事を順に思い浮かべていく。
ぼぉっと考えるうちに体力を消耗しきった身体は次第に視界が狭まっていく。突然襲う睡魔に抗おうとなんども瞬きを繰り返す。
その中、ふと、左の端に見慣れない足が現れた。
一瞬楓真くんが戻ってきたのかと思ったけれど、それにしては静かすぎる。
じゃあ、この足は誰の足―――
「お疲れ様です。そして少し眠っていてください」
「え、……っ、!?」
聞きなれない男の声がそう言うのと同時に、口元へハンカチのようなものを当てられ咄嗟に息を止めるがそれもすぐに限界を迎えた。
何度か吸ってしまうと次第に頭にモヤがかかったかのように意識が朦朧としてくる。
薄れゆく意識の中で、見上げた男の顔は、やはり見覚えのない顔。
「だ……れ……」
ここで、意識はプツリと途切れた。
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