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3【発情期】
3-2 変化(2)
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つかささんの体調が、日に日に悪くなっていく。
本人は隠しているつもりなのかもしれないが、つかささんから流れ出るフェロモンが以前とは比べ物にならないほど不安定に揺らぎ、体調の善し悪しに気付かないはずがなかった。
最初に運ばれた病院の医師の話しによれば、ゴムなしで最後までするという行為さえしなければ倒れるような酷い症状は起こらない。さらに、つかささんにとって特別な俺のフェロモンなら少しずつ慣らしていけばいつか全てが大丈夫になる。そう解釈をし、2人でゆっくり乗り越えていこうと病室で強く抱き合い約束を交わした。
だけど、そう単純な話ではないのだと、帰りのつかささんの様子で早々に認識を改めた。
今も、給湯室で並んでコーヒーを入れるつかささんをチラッと盗み見れば、フェロモンを読み取るまでもなく顔色は真っ青だ。
俺が近くに行けば行くほど、つかささんを苦しめてしまう。わかってはいても会えば話したいし、会わない時もすぐに会いたくなる。
せめてフェロモンで苦しめてしまわないよう、旅行から帰ったその日のうちに専門医の元へ行き、アルファ専用の抑制剤を普段使用しているものからさらに強いモノに変え、なるべくフェロモンを出さないよう努めていた。
それでもつかささんの表情を注意深く見ていれば一瞬、ほんの一瞬、我慢するような表情を浮かべ次の瞬間何ともないような笑顔を見せるから、薬の効果はイマイチなのだと察し、より自制心を煽り立てる。
なるべく長時間共にいない、ましてや触れてしまわないよう、自分に言い聞かせてこの一週間過ごしてきた。
なのに、俺の自制心とは裏腹にここ最近つかささんからの接触が増えていた。
そっと触れてくる健気な姿にすぐさま抱きしめたい衝動と戦う日々。
そんな事をしてしまえば苦しめることは目に見えており、握り返すことも出来ず無言でいると悲しそうな表情を見せ、なんでもないと離れていく。それが俺はものすごく辛かった。
御手洗に行くというつかささんを一人で行かせるのは正直心配だったが、着いて行ってもどうしようもないし、そもそも声をかける前に背中を向けられ見送ることしかできなかった。
はぁ、とため息をこぼし社長室へと戻る。
「あれ、楓真くん、コーヒーを淹れに行ったんじゃなかったかな?」
「あ……ごめん、忘れてた」
部屋に入るなりソファで寛ぐ父さんにそう言われ、つかささんに会えた事で当初の目的をすっかり忘れていた事に気がつく。
「いいよ、一旦楓真くんもそこ座りな」
読んでいた新聞を傍らに片付け向かいの席に座ることを促される。素直に従うと、で?と聞いてくる父さんに、なに、と訝しげな目線を送る。
「特に口出しせず見守ってきたけど、あきらかにつかさくんの調子は悪くなっていってるよね?」
「……本人は隠してるつもりみたいだけど」
「そこなんだよねぇ…す~ぐ一人で抱え込む」
やれやれと頭を振る父さんに抱える今の思いをつい吐露してしまう。
「俺、つかささんに何をしてあげれるんだろ…」
「つかさくんの身体の事はつかさくんにしかわからないから…あの子が求める事をしてあげるのが一番なんじゃないかな」
「つかささんが求める事…」
「そう。例えばつかさくんの為と思ってやる事が逆につかさくんを追い詰めることだってある。……寂しい思い、させてるんじゃない?」
まさに悩んでいた事に、う、と言葉を詰まらせる。
「最近つかささんから触れてくれる事が増えてて、嬉しいんだけど応えてもいいのか迷ってて、そうしてる内に悲しい表情をさせてしまって…もう悪循環」
「うわぁ…男として最悪だね」
「わかってるんだよそんな事は~~~」
はぁ、とソファの背もたれに深くもたれかかる。
「あの夜の、吐いて血を流すつかささんの姿が頭をよぎって…手を伸ばす事ができない…」
何も出来なかったあの時の無力さが今でも胸を締め付ける。
「そうだね…そこはつかさくんを信じるしかない。楓真くんはつかさくんが安心して頼れるようなしっかりした大人になりなさい。と言っても、まだキミは21歳だったね若いなぁ」
「……歳は関係ないし」
年齢は俺の中でタブーな話。
ムスッと睨み、すぐさまふっと笑いを漏らす。
「でも、ありがと父さん。もう少しつかささんと話してみる」
「そうしなさい」
明日再び共に病院に行く際、もしくはその前に会うことが出来れば、今度はその手を握ろう。そう心に決め残りの業務へ向かうのだった。
『楓真くん、先輩回収して、至急』
そんなメッセージが花ちゃんから入ったのは21時を過ぎた頃。
今日一日あった会議資料の有益な箇所のみを抜粋、さらに深追いすべく、既に主が帰宅した社長室に一人残りまとめる作業を行っていた。
とはいえあとは家でもできる事しか残っていなかったため早急にキリをつけ、つかささんを迎えに行くべく帰宅準備を始める。
そんな作業の手を止めさせたのは追加で送られてきた花ちゃんのメッセージ。
『何があったか知らないけど、早く先輩と仲直りしてよね~先輩と楓真くんが破局したと思った輩たちが騒ぎ始めてるよ~』
「は??」
片付けていた手を止め、つい画面を凝視してしまう。
「地球が滅亡しても別れません」
そんな言葉と共にプンプン怒ったスタンプを送り、返事を待たずしてスマホを鞄へ仕舞うと社長室の電気を消し足早に退室した。
同じフロアに位置する社長専属秘書チームの部屋前まで行くと、とっくに電気の消えた他チームの部屋や廊下と違い、漏れ光る電気から人の気配を感じる。
なぜだかわからない緊張で震える手を抑えつつ、慎重にノックして扉を開けると、すぐさまつかささんと目が合った。
父さんと話したおかげで昼に会った頃より自然とつかささんに笑いかける事ができる。俺の腹は決まった。
この手も、つかささんが望み許してもらえるのなら繋ぎたい。
「行こっか、つかささん」
二人分の鞄をまとめて持ち、空いた手を絡めとる。
その瞬間、僅かに漏れていたつかささんのフェロモンが急激にぶわっと広がると、久々に嬉しそうにキラキラと輝いているのを見れて心から安堵し、ぎゅっと力を込めた。
並んで廊下へ出るとシーンと静かな空間に俺とつかささんの2人だけ。
いまだ繋ぎ続ける俺の左手とつかささんの右手。
そんな繋がった腕達を大切そうに抱きしめるつかささん。肩に寄りかかる頭は俯き、その表情は見ることが出来ないけれど、
これで良かったのだ、これが、正解だった。
もう、つかささんに寂しい思いはさせたくない。
そのためにも何がダメでどこまでがいいのか、しっかり話し合い、二人で乗り越えていこう。
言葉を待っているだけでは何も解決はしない。当初の約束をもう一度。
我慢しない
一人で抱え込まない
俺のオメガは絶対、素直に弱音を吐き出さない。
辛い、とも、寂しい、とも。
「つかささん、ごめんね」
寂しい思いをさせて――もう、迷わないよ。
絶対に、この手を離さない。
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