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2【1泊2日の慰安旅行】
2-16 両想い(3)
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腕の中ですぅすぅ寝息を立て安らかに眠るつかささんを数分、数十分、数時間、ずっと眺めていられた。
いま寝て次に目が覚めた時、これが全て夢だった、なんて展開が怖い――というのは冗談で、寝てしまうのが勿体なかった。
『好き……好きです、楓真くんが好き』
誰もが振り返るほど綺麗で美しいという自覚ゼロの臆病なΩが、勇気をだして踏み出してくれた。
正直、つかささんの話を聞くまではどうしてこんなにも自分を下卑するのか、全く理解が出来なかった。
だけど、今日話を聞いて、納得した。
自己肯定感が低いのではない、何度もこの世に裏切られ、自ら信じ望むことを放棄した結果がいまのつかささんだった。
もう二度と悲しい思いはさせない。
腕の中の愛おしい存在を一生涯かけて幸せにする。なんなら死んだその後も生まれ変わってまた幸せにする。つかささんは一生俺だけのつかささん。
そう、誓うようにぎゅっと強く抱きしめた。
安らかに眠っていたつかささんが、ん、と動きを見せたのは夜が明ける少し前。
寝言かな、と頬を撫で見つめていると、次第に様子がおかしいことに気が付く。
「ん……ん……はっ」
「つかささん?」
「っぁ、ゃ、」
苦しげな表情でうなされている。
尋常ではない様子に慌てて肩を揺らせば、パチッと目が開き、次の瞬間ぅ、と口を押さえ全裸のままベッドを抜け出していく。
どこに行くのか、反射的にスエットの下を着用し傍らのシーツを手に掴んでその後を追いかけると、床に座り込み便器に嘔吐している光景を目の当たりにした。
「つかささん!?大丈夫ですか!?つかささん!」
持っていたシーツを肩からかけ、背中をさすれば胃液しか出ないのか顔が真っ青なつかささんがふらりともたれかかってくるのを抱きとめる。
完全に意識を失っていた。
どうして突然、と注意深くつかささんの顔を覗き込み様子をさぐっていると、ふと足元でぴちゃ、という液体を踏んだ感触。恐る恐る目を向ければ、つかささんが座るところを出処として、白濁した液体に混じる赤い血が、じわぁと広がっていた。
「――っ、」
急いで抱き上げベッドへ運ぶと時間などお構い無しに父さんへ電話をかける。なかなか出てもらえず、永遠に続くコール音にイライラしながら時たまつかささんの様子を伺う。何コール目か、やっとそれは繋がった。
『――もしもし?楓真くん?こんな時間にどうかし』
「つかささん何か持病あったりする!?」
『……は?何突然、つかさくんに何かあった?』
「寝てたら突然うなされだして、目が覚めたかと思えば嘔吐して、下からの出血もあって、それで」
『待って、楓真くん一旦落ち着いて。とりあえずすぐそっち行くから、つかさくんについててあげて』
すぐだから、と切れたスマホを強く握りしめ、横たわるつかささんの傍らで父さんの到着を待った。
言葉通りすぐやってきた父さんは1人ではなく、知弦さんも共に連れてきた。
部屋に入るなりつかさくんは?と聞かれ、気を失ってベッドに寝かせてると案内する。
電気をつけた室内で、シーツから出る箇所全てが不自然なほど真っ白なつかささんを見つけると大股で駆け寄りベッドへ腰掛ける父さん。
「顔、真っ青だね…とりあえず服着させてあげようか」
「あ……」
そんな事にも気が回らないなんて自分の慌て具合に呆れてしまう。
心配そうに頬を撫でる父さんにつかささんを任せ、一旦バルコニーで脱いだまま落ちていた下着や服たちを回収する。悩んだ末、自分が持ってきていた新品の下着、未使用のシャツやズボンを手に取り戻ると父さんと2人がかりで服を着せていく。
なんとか着せることができた頃、廊下の方から知弦さんの呼ぶ声がした。
「血ってこれか」
部屋中を見回していた知弦さんがトイレの床の血溜まりを見つけ、父さんもそちらへ駆けつける。
「今は出血は止まってるみたいだけど、やっぱり心配だね……あとさ、楓真くんこれ確認だけど、合意の上で付けなかったんだよね?」
血溜まりと混ざる白濁に行為を察したのだろう、父さんの問いに咄嗟に返答ができなかった。
「……っ、」
「2人のことだから口出しするつもりはないけど、つかさくんのトラウマは相当根深い。本人は気づかなくても身体はそうじゃない。そこのところ、ちゃんと気付いて見ててあげて」
言われた瞬間、頭をガンッと殴られたかのような衝撃を受けた。
そんな事、一瞬でも考えただろうか?
「俺……完全に、浮かれてた……」
「好きな子とお互い求め合ってそういう行為をするのは悪いことじゃないよ。だからこそ、好きな子が傷つかないようリードするのも楓真くんの役目だ」
「いつ如何なる時でも紳士であれ、だよ。楓真くん」
「……精進します」
ポンポン、と励まされる。
いくら外面を繕って、海外で一人経験を積んできても、父さんの前に立てばいつまで経っても父さんの子供のまま。
あまりにも情けない。
こんな姿つかささんには到底見せられない。
明るい室内で横たわるつかささんが、まるで遠く離れたところにいるような錯覚を暗い廊下で立ち尽くしながら感じていた。
「ここから近い病院おさえた。車出してくるから先行くぞ」
そう言うと先に部屋を出る知弦さんを追って、父さんがつかささんを抱えようとするより早く、その身体に腕を伸ばした。
「つかささんは俺が運ぶ」
「……そうだね、そうしてあげて」
まったく力の入っていないぐったりした身体を大事に抱え上げ、早足で後をおった。
病院へ向かう道中、海辺から朝日が上がっていく光景を腕の中のつかささんを強く抱き締めながらじっと眺めていた。
病院へ着き、精密検査を終え、いまだ目覚めないつかささんの代わりにその結果を聞いた俺は、果たしてこれをどう本人に伝えればいいのか――患者服を身にまとい、点滴で繋がれた痛々しい姿のつかささんを悲痛なおもいでじっと見つめ続けるのだった。
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