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2【1泊2日の慰安旅行】
2-8 宴会の罠(1)
しおりを挟む商店街の散策から旅館に戻った頃にはちょうどいい時間となった。
楓真くんや秘書課メンバーと固まって宴会へ参加したのがもう随分昔のことに思えてしまう……。
現在時計の針は21時を回った頃。
本館の大広間では、御門ホールディングス社員による宴会が行われている真っ最中、テーブル毎に各所それぞれ盛り上がりの声がドッと上がっていた。
そんな勢いのある声たちを背中で感じながら、同じテーブルにつく普段全く馴染みのない目の前の人物にそっと目を向ける。
「さぁさぁ橘くんも飲みなさい」
「そうですよ橘さん、遠慮せず飲んでください。あ、おじいちゃん零してる」
「おっこりゃいかん儂の孫はしっかりしてるなぁ」
はっはっはと豪快に笑うのは、重役の中でも一癖も二癖もあることで有名な椿姫専務。
以前、楓真くんとの事で絡んできた椿姫さんの実のお爺様である。
そんな専務自ら、飲み干したばかりの僕のグラスに並々と透明のお酒を注いでいく。そして専務の隣、僕からすると斜め前に座った椿姫さんがさぁどうぞ、と笑顔で促してくる。
先程からこの繰り返しだった。
当初の予定では早々にお暇させていただき部屋に引きあげるはずだったというのに、楓珠さんに呼ばれた楓真くんが席を外した途端、まんまと椿姫一族に捕まってしまった。
何故僕が…と戸惑いながらも勧められた酒を断れないままグラスをあけていく。
他の8人掛けのテーブルはほぼ満席でワイワイ盛りあがっているというのに、このテーブルだけは僕ら3人ともう1人、恐らく椿姫さんの息のかかった社員が僕の隣に座り、異様な雰囲気を醸し出していた。
ちなみに花野井くんと瀧川くんは遠く離れた別のテーブルで同じく椿姫さんの取り巻き秘書に捕まっているのが見て取れる。
「橘くんとはずっと話してみたいと思っていてね、いかんせん社長のガードが固すぎる」
やれやれと肩をすぼめながら酒をすする専務。
「そんな、私など専務に気にかけていただくような事は」
「あるぞ。あの堅物が懐に入れた人物だからなぁ」
とても気になる。と笑う専務の視線がねっとりまとわりつく。
「橘くんはΩだったか?」
「……そう、です」
「儂の孫もそうでね、周期的にくる発情期なんて可哀想で可哀想で…早く良いαと結ばせてやりたいと思っている」
Ωの君ならわかるだろ?と問われ、なんと答えていいのかわからず返事の代わりにグラスに口をつける。
「御門社長には常日頃、息子の相手に儂の孫を薦めているんだが相手にしてもらえん。直接息子の方に言おうにも躱されてしまってなぁ」
舌打ちとともに似たもの親子め…と悪態が聞こえてくる。
ビクッと肩が震えてしまった。
「どうやら橘くんは息子の方にも気に入られてるそうだな?」
「……よく、していただいてはいます」
「だったら橘くんの口から言ってやってはくれんかね?儂の孫と会ってやってくれ、と」
イヤです。
たったその一言が、言えない。
「橘さん、僕からもお願いします。御門家と並び立つ椿姫家の僕こそ、楓真さんにふさわしいと思いませんか」
自信に満ち溢れた椿姫さんは美人で綺麗だ。
後ろ盾など何も無いあなたなど同じ土俵に立つことすら烏滸がましい、と目で訴えてくる。
「っ、」
視界がグルグル回る感覚が気持ち悪い。
もしかしたら身体ごとフラフラしてしまっているのかもしれない。さっきから隣の男性に何度も肩が触れてしまう。
「橘くん」
「橘さん」
何か言わなければと思うのにうまく声が出ず、喉を潤そうと手近の酒を繰り返し口に含む。
それでもやっぱり言葉は外に出ない。
火照る頬を水滴の付いた手で冷やしながら、もう一度持ち上げたグラスが口に届くより先に、突如上から伸びてきた手がグラスを取り上げていく。
瞬間、周りの空気もザワりと騒ぎ立てていた。
「あまりうちの橘をいじめないでやってください、椿姫専務」
傾きかけた肩をふわりと包み込む優しい手。朦朧とした意識の中、引き寄せられる方に視線を向ければ安心する楓珠さんの懐に抱きとめられた。
「いじめてなど、滅相もない。御門社長」
「ではそろそろ私の秘書を取り返させていただいてもよろしいでしょうか?」
「どうぞどうぞ、橘くん楽しい時間をありがとう」
なんて返事をしたのか自分でもよく分からない。
この状況から抜け出せる安心感から一気に酔いが回ってきた。
立てるかい?という楓珠さんの問いかけに足に力を入れてみるがうまく立ち上がれなかった。
何故だ。
きょとん、としてしまう。
「立て……ましぇん…」
「だね」
首に腕回して、と言われるがまましゃがむ楓珠さんの首に両腕をだらんと回した途端、身体がふわりと持ち上がる。
ぐわんと視界が回り、目を開けていることが限界だった。
「それではお先に。椿姫専務、椿姫くん」
楓珠さんの歩みに合わせ揺れるリズムが意識を飛ばす手助けをする。
もうあと一回瞬きをしたら開けることはできないだろう……そんな薄い視界の端に、楓真くんの姿を見かけた気がした。
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