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2【1泊2日の慰安旅行】
2-1 旅の始まり(1)
しおりを挟む楓真さんがやってきてからの毎日はとても新鮮で日にちが経つのは早く、気付けばあっという間に慰安旅行当日の朝になっていた。
普段通り木村さんと落ち合って楓珠さん宅へお迎えへあがり、一旦会社へ向かう。いつもと違うのはみなスーツ姿ではなくラフな私服姿だということ。
「おはようつかさくん」
「おはようございます楓珠さん」
ボストンバッグ片手に爽やかに挨拶する楓珠さんは40代のイケおじ代表に違いない。シャツにセーターととてもシンプルな装いに対して足元はスッキリ革靴でしめるところはしめてくるそんな全体的に清潔感溢れる楓珠さんらしい格好だった。
「木村さんも今日は遠出になるけど運転よろしくね」
「お任せ下さい、終始安全運転で向かいます」
荷物を木村さんに任せ車に乗り込む楓珠さんを見届けると、遅れて楓真さんもやって来た。
「つかささんおはようございます」
私服姿の楓真さんは…朝からとても眩しかった。
ふわりとセットされた髪はオシャレに跳ね、目元には普段つけない細フレームの丸メガネ。白のゆったりタートルネックと薄めの黒コート、黒の細身パンツがよりスレンダーさを際立たせ、自分をいかに良く見せるかわかっている完璧なコーディネートだった。
目の前に立たれるとなぜだか知らない人を相手にするみたいにドキドキしてしまう。
「……おはようございます楓真さん」
「私服姿もとても綺麗でかわいいですね」
そんな彼は相変わらず口を開けば僕をかわいいと言う。
褒められるほど自分の私服に自信はなかった。何が自分に似合うのかいまいちよくわからず、買うのはいつも某量産型ショップで今日はエリ無しノーカラーシャツにカーディガンというシンプルな装い。もう少しファッションについて勉強せねば…と思っているととても自然な流れで楓真さんに腰を抱かれ、行きましょ、と二人が待つ車の方へエスコートされた。
いつもであれば後部座席は楓珠さんと僕が座っている。
一応この車は三人並んで座ることも可能だがそれだととても窮屈になってしまう。その為、何も言わず助手席の方へ向かおうとすると、荷物を積み終えた楓真さんにすかさず止められた。
「つかささん?何故前へ行こうとするんです?一緒に後ろへ座りましょ、どうぞ」
「ですが……」
「ほら乗ってください、父さんもっと奥詰めて」
「はいはい、つかさくん大丈夫だよおいで」
扉を開けて待つ楓真さんと、大袈裟に奥へ詰めて手招きしてくださる楓珠さんを交互に見やる。譲らない姿勢を保つ彼らの態度に負け、ではお言葉に甘えて、と車に乗り込んだ。
その際当たり前のように頭をぶつけないようガードしてくださるエスコートぶりは親子で変わらず、御門家の教育を感じ感心してしまった。
続けて乗ってくる楓真さんも揃えば、やはりぎゅうぎゅうの後部座席。下手に身動きをとると2人に迷惑をかけてしまうと思い動けないでいると、少し失礼しますね、と覆い被さるように身を乗り出してくる楓真さん。
手を伸ばした先は僕のシートベルトで、丁度楓真さんと僕の間にある留め具へカチッとはめると、できましたと微笑まれる。その様子を反対側から眺めていた楓珠さんはやれやれと苦笑を漏らしていた。
「甲斐甲斐しいねぇ」
「つかささんには箸一本持たせたくない気持ちで全部俺がやってあげたい」
「それだと僕がなにも出来ない人間になってしまいます……」
「俺なしじゃ生きていけない体に仕上げるのが最終目標です」
キリッと真面目に言い放つこのイケメンは本当にやりかねない。ほどほどに…と言っても聞かないんだろうなと自然と繋がれた左手を見て自分もそんな対応を受け入れてしまっているから驚きだ。
後ろの準備が整った事を確認した木村さんの出発しますねの言葉を合図に、会社へ向け静かに車は走り出した。
会社の駐車場には既に観光バスがずらりと並び、総務の人が忙しなく場を仕切っていた。
少し離れた場所に停車した車から僕と楓真さんが降りると、代わりにバック片手に水嶋さんが近寄ってきた。
「おはようございます、水嶋さん」
「おはようさん、橘にジュニア」
「知弦さん…いつまで俺の事ジュニアって呼ぶんですか…」
「ジュニアはジュニアだろ、ちづく~んって呼んで駆け寄ってきてたあの頃が懐かしい…無駄に大きくなりやがって…若い頃の楓珠そっくりすぎていまだにびびるわ」
「そんな小さな時の事なんて忘れてください~」
昔から家族ぐるみで関わっていたのだろう、2人も相当仲の良さがみてとれる。楓真さんの方が若干身長は高く、少し見上げることになるのにも不満そうな水嶋さんだった。
「水嶋くんおはよう今日はよろしくね」
「はよ、楓珠。こちらこそ今年はラクに移動できて感謝感謝。道中寝かせろ」
「はいはい」
車内から顔を出した楓珠さんが水嶋さんを手招きし乗り込んでいくのを見届けている間、木村さんが鞄を後ろから取り出すのを受け取る。そこでも当然のように僕の小さめの旅行鞄は楓真さんの手に渡り、手元には何も無い状態。
「楓真さん、荷物――」
「すぐそこなので、運びます」
僕にはニコリと有無を言わせず、じゃあね父さん達、と声をかけ歩き出してしまう楓真さん。慌てて楓珠さん達へぺこりと会釈をし、その背中を追いかけた。
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