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1【運命との出会い】

1-17 ない記憶(3)

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 頭上で交わされる話し声に意識がふと呼び覚まされる。
 目を開けていてもなかなかハッキリしない意識に瞬きを繰り返していると、つかさくん?という呼び掛けが聞こえ声の方へ目を向ける。そこにはキッチリスーツを着こなした楓珠さんが心配そうに僕を見下ろしていた。
 
 
「……楓珠さ――」
「つかささん!?よかった」
 
 
 そんな楓珠さんよりもっと近く、丁度真上からふってくる声に条件反射で身体が硬直していた。
 先程の出来事が一気にフラッシュバックする。
 
 
『みて?前も後ろもぬるぬる…気持ち?』
 
 
「―――っ」
「いっ」
 
 
 考えるより先に身体が動いていた。
 楓真さんの腕の中から抜け出すべく振り上げた腕が楓真さんの顔に勢いよく当たってしまう。あ、と思った時には僕を支えていた力が無くなりバランスを崩して自分もベットから転がり落ち、至る所を強打した。
 そして、自分を包むタオルがはらりと滑り落ちるのを目の端でとらえた時、いま自分が一糸まとわぬ姿で二人の前にいる事を知った。

 身につけているのはうなじを守るチョーカーだけ。
 それは、裸に剥かれた自分を複数が囲い追い詰めた、忘れたくても忘れられない消えない記憶を思い起こさせる。そんな状況。
 
 
「ひっ――」
「つかさくん、落ち着いて、大丈夫だから」
 
 
 床にぺたんと座り込んだまま自分を掻き抱くように抱きしめはっはっと浅くなる呼吸を繰り返す僕を、拾ったタオルを素早くかけ前から抱きしめてくれる楓珠さん。一緒に過ごしてきた月日の長さからいつの間にか慣れ親しんだ安心する体温に縋ってしまう。
 
 
「ふ、じゅさ」
「うん、大丈夫大丈夫」
 
 
 トントンと背中を摩ってくれる温かい手に、乱れた呼吸も徐々に落ち着いてくる。はぁーと大きく息を吐き、やっとの事で顔を上げると、座り込む床のすぐ隣で、大きな体を綺麗に折りたたんで土下座する楓真さんの姿が目に飛び込んできた。
 
 
「ふ、楓真さん!?」
「ごめんなさいすみません俺が悪かったです調子に乗りましたっ」
 
 
 誰もが振り向く容姿を備えた美男子がなりふり構わず謝る光景は衝撃が強すぎて気まずい気持ちなど一気に吹き飛んでしまった。タオルが落ちないようギュッと握りしめながら必死に頭を下げる‪楓真さんの肩にそっと触れる。
 
 
「ちょ、楓真さん頭を上げてください」
「本当にっすみませんでした同意もなしに最低なことをしましたもう絶対、絶対そんな事はしないと誓います」
「……」
「昨夜も実は何も無かったんです、……ちょっとキスはしてしまいましたが、本当にそれ以外は断じて!朝起きた時に意識してくれたらいいなの気持ちで服をトレードさせていただきましたその時に太ももにもちょっとやってしまいました」

 
 甘んじて裁きを受けます、と頭を下げ続ける楓真さんにどうすればいいのか戸惑い楓珠さんに助けを求めてしまう。その視線を受けた楓珠さんはニコリと笑い、
 
 
「楓真くんの罪は重い…」
「楓珠さん!?」
「つかさくんには本当に申し訳ないことをしてしまった…いっそ去勢させようか」
「っ、つかささんが言うのなら、切ります…」
「いやいやいやそんな事求めてないですやめてください」
 
 
 じゃあどうすれば……と涙目で見上げてくる楓真さんに、なんだか僕が悪いことをしたみたいな気分になってしまう。
 
 
「つかささん…嫌わないで……」
「……はぁ、もう本当に顔をあげてください」
 
 
 床に手をつく楓真さんの前に膝立ちし、フェイスラインを下からすくい上げるようにして両手で持ち上げ目線を合わす。ふと、同じような事が昨日社長室であったな…と思いつつ、なんだかそれが遠い過去のように思えてしまう。それくらい楓真さんの存在が一日で大きなものとなっていた。
 
 
「僕の中であなたは切って捨てるような簡単な存在じゃないです。朝の事は……戸惑いましたが、だからといって嫌いになったりしません」
「つかささん……」
「それから……ああいう事は…その、もっと段階を追ってゆっくりで…お願いします」
 
 
 あまり経験がないので…と最後の方は聞こえるか聞こえないかくらいもごもごとした声になってしまった。が、目の前の楓真さんには問題なく聞こえていたようで、それはもうパァっという音が聞こえてきそうなくらい満面の笑みを見せてくれた。
 
 
「~~~つかささんっ」
 
 
 ギュッと抱きついてくる大きな存在をよろけながらもなんとか受け止め、次暴走したら去勢です。と冗談を言って笑いあった。
 
 
 
「んー、二人とももう大丈夫そうかな?そろそろ準備した方がいいと思うんだけどな」
 
 
 ベットに腰掛け僕らを眺めていた楓珠さんの声ではっと我に返り慌てて時計を確認する。確かに出勤時間までだいぶ余裕はなかった。
 
 
「先降りてるからね、朝食用意しておくから早くおいで」
 
 
 そう言って出ていった楓珠さんを見送り改めて二人きりになった空間でなんとも言えない雰囲気が流れる……暇もなく、それぞれ準備に駆け回った。
 
 
 
 
 
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