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1【運命との出会い】
1-13 ディナー(2)
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「つかさくん寝ちゃった?」
「ぐっすり」
時計の短針がてっぺんに近づく頃、俺の膝の上にはすぅすぅ寝息をたてるかわいいお姫様がいた。
遡ること数時間前、トヨさんの退勤を全員で見送ると自然な流れで飲みの場をリビングのソファへ移した。
大型液晶テレビと向かい合う形で置かれたコの字型のソファセットは広く、座る場所も豊富にあったが、そこでも俺はつかささんの隣をキープした。初めは頑なに一定の距離を保たれていたのだが、酔いが回るにつれその距離もだんだん縮まっていき、気付いた頃には左の腕はつかささんに抱き込まれ、ピッタリひっつき虫が誕生していた。
「僕のびーる…どこ、でしゅか」
「か、かわっ――」
かろうじてある意識は今すぐにでも手放してしまいそうなほど曖昧で、俺の左腕を抱き込む右手はそのままに、反対の手がビールを求め宙を彷徨う。この人は顔に似合わず焼酎ビールの類の方がお好きらしい。ワインの時よりも断然進みが早かった。
「つかささん、もう水にしときましょ、はい飲んで」
「い~や~でぇす~」
水が入ったグラスを口に持っていってもぷいっとそっぽを向かれてしまう。
なんなんだこのかわいい生き物は――
「~~~父さん、撮って」
「あとからつかさくんに怒られても知らないよ?」
「その時はその時、甘んじて受け入れます」
だから早く!と急かせば、苦笑しながらもはいはいと了承する父さんは持っていたワイングラスをテーブルに起き、代わりにその隣のスマホに手を伸ばす。
その間にこっちもこっちで最高のシチュエーションを撮るため、半ば意識のないつかささんを最大限丁寧に動かそうと奮闘していた。まず肩にめり込みかけていたつかささんの顔がしっかり見えるよう位置を調整し、腕に巻かれた手を強調させ、そして最後にとびっきりの彼氏面を作ってつかささんを見つめた。
「うわ…我が子ながら、絵になるねぇ」
数枚撮ったのち、送ったよ、の言葉を聞くやいなやスマホに手を伸ばし撮れたての写真を確認する。
「最高です…一生家宝にする……」
アップや引き、様々な角度からの写真全てを保存すると、すぐさまその中でもより写りのいい1枚をホーム画面に設定した。
あっという間にスマホがつかささんで染まっていく。それでも、溢れ出る欲はまだ足りないと自分のスマホでもつかささんを撮るためスマホを構えた。すると、いままでにない程至近距離で上目遣いのつかささんと画面越しに目が合い、すかさず親指は●RECボタンに伸びていた。
そして、欲が出ました。
「つかささんつかささん、質問です。楓真くんの事好きですか?」
「ん~…ふまくん?ふふ、しゅきですよぉ~」
「っっっぅぐ、」
自分で聞いておいて心臓に強烈なクリティカルヒットをくらった。
ソファに深く沈み込み、天を仰ぐように、「ふまくん……ふまくん……」と噛み締める。
これをしっかり撮影できた自分を全力で褒めてやる。よくやった。
しばらく余韻に浸っていると、いつの間に席を立っていたのか新しいグラスを持って戻ってきた父さんが俺とは反対側のつかささんの隣へ腰を下ろす。「何故そこへ…」と不審な目で見る俺などお構い無しにつかささんの頬をさも簡単に撫ではじめる。それはもう、愛おしそうに。
「ちょっと父さん!?」
「ここまで酔ったつかさくんは久しぶりに見たけど、相変わらず無防備になっちゃうね。かわいい」
「……まさかだけど、手出してないよね?」
「おぉ怖い怖い睨まないでよ。神に誓って、つかさくんとは何もありません」
触っていた手を引っ込め無実を主張する父さんをすぐには信用出来なかった。なぜなら、こんなにもかわいい人と何年も二人で暮らしてきたのだから……。
「はぁ……本気で四六時中そばにいないと安心できない」
「はは、でも確かに、ちょっと無防備な所はあるよねつかさくん。警戒心は人一倍強いんだけどフェロモンを感じないからそういう目で見られてる事に気付かない」
「……やっぱり?」
父さんの言葉を聞いてより心配になる。
そんな俺の心境とは裏腹に今にも目が閉じそうなつかささんはこっくりこっくり船を漕いでいた。見兼ねてそっと膝の上に導けば、居心地いいポジションを見つけるかのようにゴソゴソ動き、ついに見つけたのか満足そうにふにゃりと破顔するとそのまま目を閉じていく。
その間つかささんが安心して眠れるよう、薄らフェロモンを流し規則的なリズムで眠りに誘った。
「今日も俺のせいでタチの悪い社員に絡まれてたし、いままでもそういう僻みを受けてきたんだろうな」
「はぁ…つかさくん、いまだに私の知らない所でそういうのに絡まれているんだね…」
苦々しい表情で首を振る父さんを見れば過去の事が安易に想像できた。
「自分の会社の従業員くらいしっかり統率してよ、椿姫専務の孫、好き勝手しすぎじゃない?」
「またそこの家系か…父の代から頭を悩まされてる典型的な縁故入社だよ」
「最悪すぎ。……俺が会社継いだらそういうの容赦なく一掃するから」
この人を守るため、この人が安心して生きていくため、不安要素は全て排除する。
「はは、頼もしいなぁ。早く楓真くんに全て任せておじさんはのんびり隠居生活したいよ」
「そんな事言って、まだまだそんなつもりないくせに」
「……そうだね、とりあえず今は将来楓真くんが好きにできるように父さんがしっかり地盤固めしておくから、姑息な腹黒キツネ達を上手くコントロールできる力を付けなさい」
「わかってる」
その為にも重役から末端まで、交友関係黒い繋がりやましい行動、全てを炙り出す。
決して容赦しない。
そんな誓いを込めるかのように、気付けばすぅすぅ寝息を立てるつかささんをいま一度大切に、大切に、フェロモンで優しく包み込んだ。
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