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1【運命との出会い】

1-10 嵐到来(1)

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「楓真さん…」

 
 そっと肩に触れるが、イヤ、イヤと首を振るだけで顔をあげようとしない。その様子はまるで駄々をこねる小さな子供みたいだった。
 一体どうすればいいのか途方に暮れ、咄嗟に視線を楓珠さんに向ければ、近くで様子を見守っていた楓珠さんもまた一様に驚いているようだった。
 
 
「楓真くん…つかさくんはどこにも行かないから、一旦立ち上がろ?スーツが皺になってしまうよ」
「……父さんが、つかささんを奪っていく」
 
 
 楓珠さんがそっと促しても、腰に巻かれた腕の力は弱まること無く、僕のお腹に位置する楓真さんの頭はぐりぐりとくい込んでくる。
 
 今僕が旋毛を見下ろしているのは、先程まで大勢の中心にいた誰もが憧れるアルファ。そんなアルファが縋り付くのは、住む世界の違いに怖気づき逃げだしてきたオメガ。
 
 彼は逃げたオメガを追いかけてきただけではなく、誰にも取られたくないと独占欲を顕に渇望している。
 
 
 そんな感情をぶつけられた事など生まれてこのかた一度も経験したことがない、初めての事だった。
 戸惑いと同時に湧き上がる、この感情は―――

 
 
 考えるより先に動く体は、無意識のうちに楓真さんの頭をそっと撫でていた。
 頭を撫でられる事が予想外だったのかずっと俯いていた楓真さんの顔が持ち上がり、びっくりしたような表情とぶつかる。
 
 イケメンの間抜けな表情に気付けばふっと笑いをこぼしていた。
 
 
「楓真さん、大丈夫です。僕みたいなオメガを欲しいなんて誰も思いませんよ。そんな特殊思考なのは楓真さんだけです」

 
 彼と並んで立っている時はその身長差から、決して垣間見えることなどない楓真さんの頭の旋毛を、かわいいなぁなんて思いながらそっと撫で続けていた。
 その間にも楓真さんはされるがまま気持ちよさそうに受け入れている反面、僕の言葉には不満を隠さなかった。
 
 
「つかささんは素敵な方だから、男も女もアルファもベータも関係なくそこら中の奴らが狙ってます」
「ふふ、そんな事ないですよ」
「そんな事あるんです!現にカフェでもフェロモンをぶつけてくる奴いました」
 
 
 それは、知らなかった。
 多少驚き、そうなんですか…と呟くと、ムッとした表情で「全て返り討ちにしました」と告げられる。
 
 
「……楓真さん」
「……勝手に、すみません」
 
 
 さすがに出過ぎた真似だったかもしれない、とバツが悪そうに謝られるが、全然悪い事だなんて思っていない。むしろ、自分の知らないところで周りに独占欲を露わにされていた事が嬉しいと思ってしまっている自分がいた。
 
 
「謝ることなんて、ないです」
「でも……」
「ありがとうございます」
 
 
 守ってくれて、ありがとう、よくできました、とそっと両頬を包み真正面から伝える。
 何故か楓真さんがかわいく見える魔法は絶賛継続中らしく、その反動からか無性に年上ぶってみたくなってしまった。触れた頬を親指で撫でながら触り心地いいなぁと自然と笑みが浮かぶ。
 
 
「楓真さん、僕は本当に一切フェロモンを感じることができません。なので、他のアルファの匂いを勝手に付けられないように、楓真さんの匂いでマーキングしておいて下さい」
「!?そんな事して、いいんですか…?」
「大丈夫です。匂いとかで感じることはできないけれど、不思議と楓真さんのフェロモンは心地良いから」
「~~っ、24時間365日つかささんは俺のだって誰もがわかるようにしますね!」
 
 
 目を輝かせ意気込む楓真さんに、お手柔らかにお願いします、と苦笑してしまう。
 真正面からストレートに好意を寄せられるという慣れない状況はむず痒くもあり、嬉しくもあり、今まで感じたこともない不思議な感覚を一気に経験していた。
 
 
 
 少し前のシリアスだった雰囲気は綺麗さっぱり消え去り、何も言わず見守っていた楓珠さんも安心したのか元いた目の前のソファへ戻っていく。それを合図に、いつまでも僕の足元に座り込んだまま抱きつく体勢を維持しそうな楓真さんに隣に座るよう促した。
 
 確かに隣に座るよう、言ったけど――
 
 
「なんか、大きなワンコとご主人様みたいだね」
 
 
 そう楓珠さんに言われてしまうくらい、より一層パーソナルスペースが狭くなった楓真さんの腕は腰を抱くのが定位置ですと言わんばかりに、僕のそこから離れなかった。
 


 
 
 *****
 
 
 
 午後は予定された会議に出る社長に付き従い、本来の秘書業務に専念した。
 
 
 社長のもとで学ぶ楓真さんもしばらくは楓珠さんのスケジュール全てに同行するらしく、あの社長室での姿は幻だったのかと思うほど、真剣に会議に耳を傾け、時には的確な意見で口を挟むその姿が若かりし日の社長と重なると既に社内では楓真さんの話題で持ちきりだった。
 
 さすがの影響力に驚きつつ、頼もしいその背中を眺めるのが、会議の時間の囁かな幸せだった。



 次の会議が始まるまで少し時間があったため、一旦秘書室に戻り書類の整理をしようと席を外す許可を貰い、廊下を一人で歩いていると後ろから呼び止める声。
 振り返れば、つい先程行われた会議に出席していた他の重役付き秘書三人が異様な雰囲気で近付いてくる。その勢いはまるで、あなたが一人になるのを待ってましたと言わんばかりに獲物を狙う目をしていた。
 
 三人のうち二人はベータ男性で、真ん中に立つ一人を守るようにすぐ後ろに控えている。
 そんな守られるポジションの彼は、小柄な体格に反して自信に満ち溢れ、可愛いを武器にしてますと全面的に主張してくる外見を持つオメガ男性。
 名前は確か――椿姫つばき陽夏ひなさん。重役の孫らしく、花野井くんがよく要注意人物として語るその人だ。
 
 
 そんな普段関わる機会のない彼らがわざわざこんな場所で僕を呼び止め話す内容は当然、仕事の事ではなく……
 
 
「お疲れ様です橘さん。時間もないので単刀直入に、御門楓真さんに色目を使うのやめて貰えますか?あと、僕との仲を取り持ってください」
 
 
 やはり、そういう類の話だった。
 
 
 
 
 
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