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不明確な不安(1)

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 体全体に響き渡る歓声。
 
 こんなにも熱狂的な歓声を浴びたのは、クオーツとの婚姻の時以来かもしれない。
 

 
「ラズ様」
「おめでとうございますっ」
「ラズ様ぁぁっ」
「ラズ様万歳───」
 
 
 この日、懐妊後初めて民衆の前に姿を現す王妃をひと目見ようと、特別開放された王城広場には老若男女幅広い層の民衆がぎっしり集まりひしめきあい、主役が登場する前段階から既にみな口々に王妃の名を力の限り呼び上げる。
 
 中には感極まって涙を流す者も続出した。
 
 
 
 そしてついに、待ちに待った時がやってくる───
 
 
 
 係のものが窓を開け、視線が集中する2階テラスのカーテンの奥に動く人影が確認できるやいなや、民衆のボルテージも最骨頂へと上がっていく。
 
 
 国王陛下クオーツにエスコートされ王妃ラズが隣に立ち並ぶ光景。その姿はまるでこの国を守り包み込む聖母のようだったと、当時その場で見ていたものは声を揃えて口にした。
 
 
 
 いつまでも鳴り止まない割れんばかりの歓声は国民からのラズの支持率を顕著に示したものだった───
 
 
 
 ◆◇◆◇◆
 
 

 その日王城内は、朝日が昇るよりも前から本日行われる式典の最終準備に追われていた。


 民衆の前に立つ式典について、クオーツが渋々了承を出すやいなや勢いづいた臣下達はあれよあれよと日取りと準備を推し進め、あっという間に話が固まると、僕が話を聞いた日からものの数週間後には式典当日となっていた。
 
 
 恐れ多くもこんな大きな行事の主役である僕もまた早朝から湯浴みやマッサージを経て鏡の前に立ち、数ヶ月ぶりに民衆の前に出る準備をしている。
 
 この日のため新たに採寸し用意された衣装は、動く度窓から差し込む光でキラキラ輝く宝石がふんだんに散りばめられた肌触り抜群のワンピースタイプの式典服。お腹周りもゆったりしており、妊娠しています、というのがひと目でわかる儚さ抜群の印象を演出していた。
 
 髪の毛一本、爪の先まで整えられてきた準備もいよいよ大詰め。椅子に腰掛けると、最後の仕上げとしてメイドの手により頭に代々王妃が継承してきたティアラが乗せられ、完成した。
 後ろから共に支度を見守ってくれていたマリンの思わず漏れ出たと言わんばかりの感嘆が聞こえてくる。
 
 
「わぁ……ラズ様、とっても綺麗」
「ホント?」
 
 
 鏡越しに見えるマリンに不安の表情を送ってしまうのは、数ヶ月前とは明らかに違う自分の体型。すっと下を見下ろし視界いっぱいに映り込むお腹をそっと撫でていると、その手に重なるマリンの手。いつの間にか前に回り込み目前に立っていたマリンを見上げる。
 
 
「だいじょーぶ。みんなラズ様とお腹のお子にお会いできるのを楽しみに今日を待ち望んでました。今ももう朝から広場に人が押し寄せてヤバイってトールが嘆いてますよ~」
「うへぇ…トールお疲れ様だぁ…」
「ふふ、伝えときます。だから、いつものラズ様らしく堂々と笑顔を振りまいてきてください俺も後ろで見守ってます」
「……うん、見ててマリン」
 
 
 長年傍に仕えてくれたマリンの言葉に心がすっと軽くなり、救われる。そのまま、気付けば目の前のマリンの腰に腕を伸ばし、ぎゅっと抱きついていた。
 
 
「え~なになにラズ様、そんなに緊張してるんですからしくないなぁ。あははっ俺のパワー分けてあげますよはい、ぎゅ~っ」
「うぅぅ……ありがと」
 
 
 心が軽くなったのとは裏腹に、何故かこの時、得体の知れない胸騒ぎがモヤモヤと胸中を覆っていた。
 

 わけもわからず晴れない不安。

 しばらくマリンに身を寄せ、ドキドキ逸る鼓動を落ち着かせようと深呼吸を繰り返した。
 
 
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