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動き出す刻(2)sideラルド

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 ふ、と漏れる自嘲的な笑み。
 今の今まで口にした事のなかった私の想いはこれからも未来永劫表に出ることは無いだろう。


「今更私の想いを告げてラズ様を困らせたくありませんので」
「……」


 ───そう、今更私に勝ち目など無いのだ。


 しーん、と沈黙が落ちる。

 どちらともなく口を噤み、相手の出方を伺う謎の時間。そんな時、何故か頭には昔の記憶───ラズ様のご実家である公爵邸へ初めてクオーツ様が訪れた運命の日の事を思い出していた。

 


 あの日、薄々感じていた胸騒ぎ。

 それはのちに、運命を見つけたアルファの狂気を目の当たりにし、驚愕する前兆だった───




 当時、八歳という年齢にも関わらず、既に王族としての立ち振る舞いが確立していたクオーツ様。
 普段の彼であれば見向きもしない小さな子に対し、珍しく興味を示した。自ら声をかけ、抱き上げた、その瞬間───当時一歳のラズ様がご自分の運命の番だとわかるやいなや、見た事もない執着でラズ様を抱え込むクオーツ様。これが、運命の番を見つけたアルファの行動なのか……と言葉を失ったのをよく覚えている。と同時に、今世でも自分の想いが届くことは無いのだと直感してしまった。

 そこからのクオーツ様は毎日といっても過言ではない程王城からラズ様の元へ通い、愛を伝えては、ラズ様を一日でも早く自分の元へ連れ帰ろうとなさるのを、なんの力も持たない外野の私は指をくわえて見ていることしか出来なかった。

 しかし、このまま王城に入られてしまってはラズ様の幸せを見届けるどころか、姿を目にすることすら出来なくなる。
 それでは記憶を思い出した意味が微塵も無い。
 そう思い立つなり、いつか来るその日に備え少しでもラズ様のそばに身を置くにはなりふり構ってはいられなかった。

 
 だから私は、私からラズ様を取り上げていく最たる要因であるクオーツ様へ直接頼み込むことにした。
 まず第一に、おふたりの邪魔をするつもりは微塵も無いという事を大前提に、今まで誰にも話した事の無い自分の前世の秘密を打ち明け、残した後悔を晴らすためにもラズ様を陰ながら見守りたいそれだけでいいのだと、強く乞い願った。
 初めは怪訝な顔をするクオーツ様に何度も、何日も面会を申し込んでは同じことの繰り返し。こんなにも必死に何かを頼み込んだのは生まれて初めてだった。
 
 そして、その日はやってきた───
 
 
『……わかったよ、お前の熱意に負けた。騎士団に入れてあげる』
『っ!ありがとうございます───!』
『ただし、条件がある。お前の方から不用意に接触を持たないこと。絶対にラズに特別な感情は抱かないこと。これを守れないのなら即追い出す。王城には一切近寄らせない。守れるか?』
『俺……私は、ラズ様の元気なお姿を見守ることだけが本望です。必ず、約束はお守りします』
『……いいよ、わかった。騎士団には僕の方から話を通しておく。そこからは自分の実力でどうにかしな』
『ありがとう、ございます───』
 
 
 こうして、ラズ様が成人を迎えられる12歳のタイミングで入城するのと同時期程に王国騎士団の配属を認めてもらえた。その時私は22歳になっていた。

 そこからはクオーツ様の言う通り、我武者羅に力をつけていき、数年かけて騎士団長の地位まで上り詰め32歳になった今、ラズ様付きの護衛騎士として現在に至るのだった。
 
 


 らしくもない軽い回顧の末、再び目の前のクオーツ様と視線が合えばフッと笑みを送られる。
 まるで頭の中を見透かされているようなそんな気分になるのは何故なのか……。
 
 この方は私自ら話した前世の記憶はもちろん、おそらくラズ様の記憶の事も、早い段階で既に全てを知っていた。
 全てを把握した上で、思いのまま人を操ることが可能な絶対的権力の持ち主。私たちは盤上で踊らされるただのコマ。

 
 それがラズ様の運命の番、クオーツ様だった。
 
 
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