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記憶の共有

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 覚えていた……
 
 ラルド様も、前世の記憶を覚えていた───!!
 
 
「あ、うぁ、あお…蒼唯っホントに……?本当に、蒼唯、覚えて……」
「お伝えするのが遅くなり申し訳ありません翡翠様」
「なんで、いつからっ」
「初めてラズ様を抱き上げたあの瞬間に前世の記憶を思い出しました」
「っ、最初からじゃんんんん~っうあぁぁぁっ」
 
 
 首元に抱き縋る僕を膝立ちで受け止めてくれながら背中をぽんぽんさすられる優しい手の感覚が懐かしい。
 それが助長するように、さらに声を上げて泣いた。
 
 
 
 不意に、いつまでも膝立ちでいさせるのは足が痺れるだろうと気付くと、慌てて抱きつく体勢から離れ、改めて顔を見合わせれば、かぁっと顔に熱が集まるのを感じる。
 勢いで抱きついてしまった。
 
 
「す、すみませんっ…つい、ラルド様も覚えてたのが嬉しくて……」
「いえ、こちらこそ……」
 
 
 しーんとお互い黙り込み、気まずい空気が流れる。
 
 
「……ラズ様」
「ほんと、嬉しい…覚えててくれて、嬉しい」
 
 
 止まったと思った涙がまたぽろぽろ溢れ出す。
 
 誰とも共有できない記憶は、どこかひとりぽつんと置いてけぼりをくらったような感覚だった。それがひとりじゃないとわかった安心と、長年勝手に想い続けた相手も自分の事を覚えていた喜び。
 言葉にできない思いが溢れて感情が追いつかない状態にただただ涙が溢れて止まらなかった。
 
 ひとり声を殺して泣き続けていると、そっと背中へ添えられる優しい手の感触。
 
 
「ラズ様」
「ラルド…様」
 
 
 多くを語らないその目は間違いなく慣れ親しんだ付き人のそれ。
 それが嬉しくて涙を流しながら、ふへっと笑った。
 
 
 
 落ち着くまでずっと背中をさすってもらいながら、お互いの記憶のすり合わせをするかのようにどちらともなくぽつりぽつりと語り合う。
 それは何度も共にすごした春夏秋冬。
 どの季節も、どの思い出も、昨日の事のように覚えている事柄は何時間でも何十時間でも語り続けられそうだった。
 
 
 
「ほら、ラズ様、一口でもいいのでお食べ下さい」
「全部食べる……」
「はは、そうしてください」
 
 
 ドキドキしながら口にした玉子豆腐は記憶にある懐かしいあの味とよく似ていた。
 一口、また一口と口に運んでいく様子を見守るラルド様の視線を感じながら、みるみるうちにお皿の上から玉子豆腐は無くなっていく。
 
 そして───久しぶりに食べ物を完食することができたのだった。
 
 
「食べ、れた……」
「よかった…またいつでも作ります」
「うん…また、食べたい」
「はいいつでも」
 
 
 空いたお皿を引渡しつつ、チラチラと視線を送ってしまう。
 
 
「はは、見すぎですラズ様」
「あうぅ…だって、なんか、まだ信じられなくて……ラルド様にも同じ記憶があるなんて…」
「あぁそうだ、ずっと思っていたのですが、私に対する様呼びと、かしこまった口調はできれば無くしてください。あの天真爛漫な翡翠様からしたら違和感が強すぎてラズ様に記憶がある事に結び付かなかった最たる要因です」
「ぐえぇぇっ…ちょっとそれはレベルが高い…です」
「ほら、呼んでみてください」
「う……ラ、ルド」
「はい」
「~~~っ」
 
 
 心底嬉しそうなはにかみ。
 長年推し続けた人からのそんな過激なファンサと、求められた要求でキャパオーバーな頭はいっぱいいっぱいだと悲鳴を上げ、プシューっと湯気を吹き出していた。
 
 
 
 
 
 ───だから、気付かなかった。
 
 影から全てを聞いていた番と、現世話係の存在。
 
 
「……いいんですか?クオーツ様」
「いい。積もる話もあるだろうし……もうしばらく二人にさせてあげよう出直す」
「……はい」
 
 
 寂しげに、パタンと閉じる扉の音すら耳に入らなかった───
 
 
 
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