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懐かしい味

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「クオーツ様は少々急用で席を外されていますが、何かあれば呼ぶようにと言われております。お呼びしましょうか」
「……いえ、大丈夫です」
 
 
 なんとなく今は気分も落ち着いている。
 ここ数日の間、僕に付きっきりで出来なかった公務の邪魔を少しでもしたくなかった。
 
 体を起こそうともぞもぞしているとすかさずラルド様の手が支えてくれる。
 しっかりした逞しい力がどこか懐かしいと思うのは、幼少期のラズの記憶か、それとも、翡翠の記憶なのか───
 
 
「……相変わらず、自分の気持ちは押し殺して我慢をしてしまうんですね」
「え?」
「いえ。気分は如何ですか?」
「よく眠れたみたいで、スッキリしてます」
 

 「それは良かった」と微笑まれる優しい表情にひょぁっと気分が上がれるくらいには体調はいいらしい。
 推し活は生きる糧と言う言葉はその通りだと強く思う。ぐふふ、と笑いを堪えていると「ラズ様」と呼ばれ、慌てて顔を上げればそこには、何かを言い淀むような歯切れの悪い様子のラルド様。

 珍しい……
 

「ラルド様?」 
「あの、もし大丈夫そうであれば、こちらを召し上がってみてください」
「へ?」
 
 
 ラルド様の背中に隠れるようにして置いてあったワゴンから何かを準備する動作に興味が惹かれる。
 どうやら目を覚ます時に聞こえた小さな物音はこれだったらしい。
 
 
「そもそも私が作った物なのでお口に合うかどうかも…ダメだと思ったらすぐにやめてくださ───」
 
「ラルド様の手作りですか!?」
 
 
 ここ数日どん底まで落ちていたテンションが一気にぎゅいんっと爆上がりする。
 推しから頂けるものは空気でも嬉しいのに、手作りとなるともはや金山を掘り当てたレベルの喜びだ。
 何がなんでも食べるっ、とわくわく待っていると照れくさそうに出されたお皿の上に乗った四角いつるんとした形状の食べ物にポカンと言葉を失った。
 
 
「……これ」
「さっぱりしたものでしたらラズ様もお口にできるかと思いまして」
「たまご…どうふ…?」
 
 
 パッと見、その外見から想像するのは味もシンプルでさっぱりした玉子豆腐。
 
 玉子と出汁で作るシンプルで冷たいこの料理が僕は大好きだった。……しかし、この世界では出汁という和食の文化は存在しない。基本、コンソメやブイヤベースなどの洋食ベースの味付け。
 
 
 ラズとして生まれてこの方、この料理を目にしたのは初めてだった。
 
 
 お家柄、こういう料理が出てこなかっただけで、この世界にも玉子豆腐は存在したのだろうか───
 
 僕が知らなかっただけ……?
 
 
 お皿と共にスプーンも手渡され受け取るが、なかなかその先に進めず、じっとそれを見つめ続けていた。

 ひとりでにバクバク暴れ始める心臓。
 
 そんな僕に何かを確信したのか、ひとつ小さく頷くラルド様は目線を合わせるようにベッドサイドの床に膝をつく。
 一度渡されたお皿を再びワゴンの上に戻され、あ…と視線で追っていると、空いた手をそっと握られる。
 
 
「あなたは昔から、体調を崩され食が細くなってもこれなら食べてくださりましたから」
「なん…で…それ…」
 
 
 もう一度言う。この世界で僕はこの料理に出会ったことも食べたことも無い。
 
 最後に口にしたのははるか昔、今と違って病気がちな体質だった翡翠はよく熱を出しその度に何も食べたくないと臥せっていると前世のラルド様──蒼唯が作ってくれた、それが最後。
 
 それを偶然にも、蒼唯と同じ魂を持つラルド様が作ってくださった。
 これが意味する事は───
 
 
「知ってます。ずっと見守ってきましたから」
「何を…言って……」
 
 
 目を見開き、震える口は上手く言葉を紡げず、言いたい事がすんなり出てこない。
 混乱する頭の中にはもしかして…と抱く淡い期待と、いやそんなはずは無いと打ち消す否定が激しく入り乱れる。


 そんなパニック寸前ながらも、そうであって欲しいという隠しきれない期待を浮かべてしまう僕の表情を真っ直ぐ見据えたラルド様は、はっきり肯定するように頷くと確信的な言葉を口にした。
 

 
「ずっとあなたを見守っておりました───」

「……」

「翡翠様」

「───っ!あお…い…」
 
 
 ふっ、と微笑むその表情に懐かしい付き人の面影がピッタリ重なり、考えるより先に動く体は勢いよく目の前の首元へ覆い被さるように抱き着いていた。
 
 
 
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