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最優先事項(3)sideクオーツ
しおりを挟む「ラズ……」
いまだ意識の戻らないラズの傍らに膝をつき、そっと手を伸ばす。
ピクリとも動かないラズの顔を見つめながら思い出すのは初めて出会ったあの瞬間───少し触れてすぐに運命の番だと直感したラズは当時1歳の赤子だった。そんなあの子が、子を身篭った…。私の子を。
だらんと力の入っていないラズの片手を取りながら頭からつま先まで視線をめぐらし、祈るような形で顔面の前で握りしめる。
「ありがとう…ラズ……ありがとう…」
重なり合った3つの手に、ぽつぽつと水滴がこぼれ落ちていく。
勝手に溢れ出る涙が止まらなかった。
「これこれ、涙はまだ早いですぞ。ラズ様は初産ですからね、何かと大変でしょう。しっかり支えておやりなさい」
「……はい」
ふっと笑う老先生にぽんぽんと肩を叩かれ励ましを受ける。私自身幼い頃から世話になっているこの人にしかこんな姿は見せられない。
差し出されたハンカチで涙を拭い、ひとつ深呼吸を零すと気持ちを整え立ち上がった。
「先生。母子ともに、必ず無事な出産を」
「もちろんです。この老体の最後の大仕事だと思って全身全霊努めさせていただきます」
「何をおっしゃる…先生にはまだまだ頑張ってもらわないと」
「はぁ…相変わらず老体をもこき使う暴君ですなぁ」
「ふふ、ラズにもよく言われます」
気心知れた師弟のような関係性。
お互い穏やかに笑い合いながら共にしばらくラズを見つめていた。
「それでは私は一旦退出しますが、このまま人払いをさせますので、ラズ様が目を覚ましたらお呼びください」
「ありがとう」
気を利かせた老先生までも出ていくと、とうとうラズと二人きり。
ベッドの隣に椅子を持ち寄り、変わらず意識が戻らないラズの寝顔を見つめ続ける。心なしか先程よりは顔色が良くなっているかのように思えた。
「……妊娠したって知ったらキミは一体どんなリアクションをするんだろうね」
正常な状態でのラズと直接子供の話は、未だかつてした事がなかった。発情期のあの時の言動はもちろん記憶にないだろう。
正直、ラズの反応は図りかねる。
もしかしたら共に喜んでくれるかもしれないし、もしかしたらショックを受けることだって十分に有り得る。
ラズには過酷な話だが、まだ見ぬお腹の子とはいえもう既にれっきとした王の子であり王族の一員。もし万が一、産みたくないとラズが言ったとしても、その子を殺すことは王族殺しとみなされ、よっぽどの事がない限り許されない。
そして、王族殺しは酌量の余地なく即極刑と決められている。
───だが、ラズが選ぶ選択肢を尊重したい。
まだこの事実を知る者は極小数。
混乱させてしまうだろうが目が覚めたその瞬間に、ラズには選んでもらわないといけない。
産み育てるか、もしくは──秘密裏に堕ろすのか。
「どんな事があっても、ラズ、キミを守るよ」
誓いを込めてもう一度、手を握りしめる。
すると、いままで一切反応のなかったラズの方からピクっと反応が返ってきた。
「!」
「ん……ぅ…」
「ラズ!」
ラズの意識が戻った喜びと同時に、頭の中では妊娠の事実をどう伝えるべきかと忙しなく練られる構想。複数の思考が激しく飛び回り、目覚めてからのラズと交した会話の内容も冷静に応答できていたかも、その時の記憶は曖昧だった。
そんな中でも妊娠の件はしっかりと伝えた。
黙りこくりお腹を見つめるラズに緊張感が高まる。
そして───
「わかった。色々不安だけど、頑張る。頑張って元気な子を産んで、この国の民全員から愛されるような素晴らしい王の子に育てる!んでもってお前は誰よりもこの子を大切にしろ!」
にっと笑ってみせるその表情は、ラズらしい、太陽みたいに眩しい満面の笑顔。
つい先刻まで固く目を閉ざし意識を失っていた子とは思えない、なんて立派な態度なのだろうか……。
我が番ながら、心底誇らしくて愛おしかった。
「……勿論、勿論大切にする、これから産まれてくるお腹の中の子も、ラズも、私が一番愛して幸せにすると約束する、必ず」
正面から抱き締めれば、ギュッと抱き返してくれる力が心強い。いま一番不安を抱えているだろうラズに逆に励まされていた。
こんな情けない姿は今日この瞬間限りと誓う。
ラズも、生まれてくる子も守る頼もしい存在と成るべく気持ちを切り替え、腕の中の存在を確かめるよういま一度しっかりと抱き締めた───。
最優先事項 -END-
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