上 下
82 / 102

最優先事項(3)sideクオーツ

しおりを挟む

 
「ラズ……」
 
 
 いまだ意識の戻らないラズの傍らに膝をつき、そっと手を伸ばす。
 
 ピクリとも動かないラズの顔を見つめながら思い出すのは初めて出会ったあの瞬間───少し触れてすぐに運命の番だと直感したラズは当時1歳の赤子だった。そんなあの子が、子を身篭った…。私の子を。
 
 だらんと力の入っていないラズの片手を取りながら頭からつま先まで視線をめぐらし、祈るような形で顔面の前で握りしめる。
 
 
「ありがとう…ラズ……ありがとう…」
 
 
 重なり合った3つの手に、ぽつぽつと水滴がこぼれ落ちていく。
 勝手に溢れ出る涙が止まらなかった。
 
 
「これこれ、涙はまだ早いですぞ。ラズ様は初産ですからね、何かと大変でしょう。しっかり支えておやりなさい」
「……はい」
 
 
 ふっと笑う老先生にぽんぽんと肩を叩かれ励ましを受ける。私自身幼い頃から世話になっているこの人にしかこんな姿は見せられない。
 差し出されたハンカチで涙を拭い、ひとつ深呼吸を零すと気持ちを整え立ち上がった。
 

「先生。母子ともに、必ず無事な出産を」
「もちろんです。この老体の最後の大仕事だと思って全身全霊努めさせていただきます」
「何をおっしゃる…先生にはまだまだ頑張ってもらわないと」
「はぁ…相変わらず老体をもこき使う暴君ですなぁ」
「ふふ、ラズにもよく言われます」
 
 
 気心知れた師弟のような関係性。
 お互い穏やかに笑い合いながら共にしばらくラズを見つめていた。
 
 
 
 
 
「それでは私は一旦退出しますが、このまま人払いをさせますので、ラズ様が目を覚ましたらお呼びください」
「ありがとう」
 
 
 気を利かせた老先生までも出ていくと、とうとうラズと二人きり。
 ベッドの隣に椅子を持ち寄り、変わらず意識が戻らないラズの寝顔を見つめ続ける。心なしか先程よりは顔色が良くなっているかのように思えた。
 
 
「……妊娠したって知ったらキミは一体どんなリアクションをするんだろうね」
 
 
 正常な状態でのラズと直接子供の話は、未だかつてした事がなかった。発情期のあの時の言動はもちろん記憶にないだろう。
 
 正直、ラズの反応は図りかねる。
 
 もしかしたら共に喜んでくれるかもしれないし、もしかしたらショックを受けることだって十分に有り得る。
 
 
 ラズには過酷な話だが、まだ見ぬお腹の子とはいえもう既にれっきとした王の子であり王族の一員。もし万が一、産みたくないとラズが言ったとしても、その子を殺すことは王族殺しとみなされ、よっぽどの事がない限り許されない。
 
 そして、王族殺しは酌量の余地なく即極刑と決められている。
 
 
 ───だが、ラズが選ぶ選択肢を尊重したい。
 
 
 まだこの事実を知る者は極小数。
 混乱させてしまうだろうが目が覚めたその瞬間に、ラズには選んでもらわないといけない。
 
 産み育てるか、もしくは──秘密裏に堕ろすのか。
 
 
「どんな事があっても、ラズ、キミを守るよ」
 
 
 誓いを込めてもう一度、手を握りしめる。
 すると、いままで一切反応のなかったラズの方からピクっと反応が返ってきた。
 
 
「!」
「ん……ぅ…」
「ラズ!」
 
 
 ラズの意識が戻った喜びと同時に、頭の中では妊娠の事実をどう伝えるべきかと忙しなく練られる構想。複数の思考が激しく飛び回り、目覚めてからのラズと交した会話の内容も冷静に応答できていたかも、その時の記憶は曖昧だった。


 そんな中でも妊娠の件はしっかりと伝えた。

 黙りこくりお腹を見つめるラズに緊張感が高まる。


 そして───
 
 
 
「わかった。色々不安だけど、頑張る。頑張って元気な子を産んで、この国の民全員から愛されるような素晴らしい王の子に育てる!んでもってお前は誰よりもこの子を大切にしろ!」
 
 
 にっと笑ってみせるその表情は、ラズらしい、太陽みたいに眩しい満面の笑顔。
 つい先刻まで固く目を閉ざし意識を失っていた子とは思えない、なんて立派な態度なのだろうか……。


 我が番ながら、心底誇らしくて愛おしかった。
 
 
「……勿論、勿論大切にする、これから産まれてくるお腹の中の子も、ラズも、私が一番愛して幸せにすると約束する、必ず」
 
 
 正面から抱き締めれば、ギュッと抱き返してくれる力が心強い。いま一番不安を抱えているだろうラズに逆に励まされていた。
 
 こんな情けない姿は今日この瞬間限りと誓う。
 
 
 ラズも、生まれてくる子も守る頼もしい存在と成るべく気持ちを切り替え、腕の中の存在を確かめるよういま一度しっかりと抱き締めた───。
 
 
 
 
 
 最優先事項 -END-
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

強制結婚させられた相手がすきすぎる

よる
BL
※妊娠表現、性行為の描写を含みます。

国王の嫁って意外と面倒ですね。

榎本 ぬこ
BL
 一国の王であり、最愛のリヴィウスと結婚したΩのレイ。  愛しい人のためなら例え側妃の方から疎まれようと頑張ると決めていたのですが、そろそろ我慢の限界です。  他に自分だけを愛してくれる人を見つけようと思います。

馬鹿な彼氏を持った日には

榎本 ぬこ
BL
 αだった元彼の修也は、Ωという社会的地位の低い俺、津島 零を放って浮気した挙句、子供が生まれるので別れて欲しいと言ってきた…のが、数年前。  また再会するなんて思わなかったけど、相手は俺を好きだと言い出して…。 オメガバース設定です。 苦手な方はご注意ください。

上手に啼いて

紺色橙
BL
■聡は10歳の初めての発情期の際、大輝に噛まれ番となった。それ以来関係を継続しているが、愛ではなく都合と情で続いている現状はそろそろ終わりが見えていた。 ■注意*独自オメガバース設定。■『それは愛か本能か』と同じ世界設定です。関係は一切なし。

総長の彼氏が俺にだけ優しい

桜子あんこ
BL
ビビりな俺が付き合っている彼氏は、 関東で最強の暴走族の総長。 みんなからは恐れられ冷酷で悪魔と噂されるそんな俺の彼氏は何故か俺にだけ甘々で優しい。 そんな日常を描いた話である。

スパダリαは、番を囲う

梓月
BL
スパダリ俺様御曹司(α)✖️虐げられ自信無しβもどき(Ω)  家族中から虐げられ、Ωなのにネックガード無しだとβとしか見られる事の無い主人公 月城 湊音(つきしろ みなと)は、大学進学と同時に実家を出て祖父母と暮らすようになる。  一方、超有名大財閥のCEOであり、αとしてもトップクラスな 八神 龍哉(やがみ たつや)は、老若男女を問わず小さな頃からモッテモテ…人間不信一歩手前になってしまったが、ホテルのバンケットスタッフとして働く、湊音を一目見て(香りを嗅いで?)自分の運命の番であると分かり、部屋に連れ込み既成事実を作りどんどんと湊音を囲い込んでいく。  龍哉の両親は、湊音が自分達の息子よりも気に入り、2人の関係に大賛成。 むしろ、とっとと結婚してしまえ!とけしかけ、さらには龍哉のざまぁ計画に一枚かませろとゴリ押ししてくる。 ※オメガバース設定で、男女性の他に第二の性とも言われる α・β・Ω の3つの性がある。 ※Ωは、男女共にαとβの子供を産むことが出来るが、番になれるのはαとだけ。 ※上記設定の為、男性妊娠・出産の表記あり。 ※表紙は、簡単表紙メーカーさんで作成致しました。

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

処理中です...