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妊娠の予兆(4)sideラルド

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 ラズ様に前世の記憶があるかもしれない───
 
 
 そう感じた自分の疑惑はいまだ晴らせずにいた。
 
 
 
 
 
 ラズ様の発情期間中、ラズ様付き従者の私とマリンは主人に直接会わないだけで、本質的な業務は普段と変わらず過ごしていた。
 
 この扉の奥で行われている行為に無心を貫く───
 
 
「いつもは地下のあの専用部屋なんですけどね、今回は急だったので仕方ないです。クオーツ様から合図があったらコソコソっと入って、シーツとか諸々取り替えて軽食を置いてコソコソっと退出します」
「まるで忍者だな」
「にんじゃ?」
 
 
 ついこの国に無い文化の言葉を口にしてしまい、首を傾げるマリンになんでもないと首を振る。「それじゃ行ってきます」とワゴンを押しながら扉の奥へ消えていくマリンを見送った。
 
 
 
 控えの間で一人になって思い返すのは数日前のラズ様とのやり取り。
 あの時、事故とはいえ、強く手を振り払ってしまった瞬間、見開かれた目と呟かれた言葉。
 
 
『どうして、蒼唯』
 

 その名前を呼ばれたのは前世以来、初めてのこと。
 
 たとえそれが前世の自分を呼ぶ名称じゃなかったとしても、ラズ様が関わってきた人物の中にアオイという者は私の知る限り存在しない。
 突拍子もなくあの状況でそんな単語が出てくるとは考えにくかった。
 
 やはり、あれは『蒼唯』だったのだろうか……。
 
 
 現に自分が前世の記憶持ちとして存在している時点で、他にもそのような人がいてもおかしくない、翡翠様の魂を持ったラズ様ももしかしたら覚えているかもしれない、と、何故今まで考えつかなかったのか。
 そう思ってすぐに自虐の笑みを浮かべる。
 
 それは単に求めていなかったから。
 
 翡翠様に自分を認識されたいとは微塵も思わない。
 ただ一方的に翡翠様と同じ魂を持つラズ様の幸せを見守っていれればそれでいいと本気で思っていたから。
 
 
「……ラズ様は、一体、いつから───」
 
 
 私が記憶を取り戻したのは産まれたばかりのラズ様を抱き上げた、あの瞬間。強い稲妻のような衝撃を受けたと同時に脳裏に溢れた自分ではない自分の記憶。
 
 自分が認識できる限り、蒼唯の最後の瞬間を見届けたのは恐らく翡翠様だろう。
 そんな姿を見せてしまった蒼唯と同じ魂を持つ私に対して、ラズ様はどのような心持ちで今日こんにちまで関わってくださっていたのか───
 
 そこで不意に思い出した、ラズ様との会話。
 バルコニーからラズ様が転落したあの日のこと。
 
 

『今度こそ私はあなたの幸せを見届けてからこの命を散らせたいので──』
 
『絶対ダメ!』
 
『ラズ…様…?』
 
『絶対…ダメ…今度は僕があなたの幸せを見届けるんだから』
 
 

  
 思い返せば、騎士団の訓練中、毎日のように感じていた熱い視線。
 それよりも更に昔、まだ歩けもしない、ハイハイで移動する赤子の頃から鍛錬する私の元までやって来て飽きもせずじーっと見つめられていた。
 
 何故そんなにも熱心に応援してくださるのかと不思議に思っていた疑問がここに来てやっと、線と線が繋がったようにそういう事か、と腑に落ちてしまった。
 
 
 私がラズ様に対して行っていたように、ラズ様もずっと、私を見守ってくださっていた。
 
 
「───っ」
 
 
 目じりを熱くするこの想いは翡翠様に対するものなのか、それともラズ様に対するものなのか───


 暫くの間、無言で天井を仰ぎ、目元を覆った手をそこからどかすことはできなかった。
 
 
 
 ラズ様の横には既に運命の番が存在する。
 
 それでも考えてしまう、手遅れのタラレバ。
 出会っていたのは今世も前世も私の方が先。もし、番になる前に私が想いを告げていれば、その未来は変わっていたのだろうか……
 
 
 そんな虚しい夢物語を自嘲で吹き消した。
 
 
 

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