上 下
75 / 102

妊娠の予兆(2)

しおりを挟む


 それは午後からの予定に向け、マリンに髪の毛をセットしてもらっているほんの少しの間のこと。
 

「ラズ様眠いですか?」
「ん~…ぽやぽやする…」
 
 
 手持ち無沙汰に鏡を見つめているうちに、いつの間にかうとうとしていた。
 話しかけられなかったらこのまま寝落ちしていたパターンのやつ。
 
 昨夜も早々にベッドに入りたっぷり寝たのに…人間の睡眠を欲する貪欲さは無限大だ。
 
 
 目をしょぼしょぼ擦っているとすかさず、擦らないで、と注意が飛んできた。
 
 
「う~ん…そうだなぁ言われてみればいつにも増してぽやぽやしてる…かも?どうします?お茶会、キャンセルしましょうか?」
「……なんか、いつもぽやぽやしてるみたいじゃん」
「ぽよぽよは脱しましたよ」
「!?」
 
 
 ムキーッとマリンに憤慨していると、いつの間にか眠気も消え去り、数秒考えた後「大丈夫そう」と予定通り準備を進めた。
 
 
 
 今日は久しぶりの奥様会の日だった。
 
 
 発情期を終えたばかりということもあり、また根掘り葉掘り色々な事を聞かれるのだろう…と今からゲッソリしながら会場である庭園へと向かう。
 
 先頭を歩く僕の後ろにはマリンの他にラルド様も付き添ってくれていた。

 そういえば僕付きの護衛騎士になってから初めての会だと気付く。
 前回不運にもこの会に巻き込まれ奥様方の興味関心を集めまくっていた事もあり、これまた格好の餌食にされそうだな、と申し訳ない気持ちでチラッと見上げれば、丁度ラルド様も僕のことを見ていたのかバチッと視線が重なった。
 
 シンプルに目を見開くラルド様の珍しい表情に内心、えぇぇっ!?とトキメキが口からとび出そうになる。
 最近色々ありすぎて、ご無沙汰していた推し活のあの感覚が一気に呼び起こされた。

 しかし、この至近距離だ。

 下手な事はできない、と自分を戒める思いで口を押え、ふーふー深呼吸を繰り返しながら冷静に、冷静に、と自分に言い聞かせ、ゆっくりと口を開いた。
 
 
「ど、どうかしましたか?」
「……いえ、なんでもありません失礼しました」
 
 
 すぐさまフイッと視線を逸らされる態度に、しゅん…と沈みそうになる。
 先日感じたラルド様の違和感は今も現在進行形で、なんなら日に日に増していた。
 
 
 推しに……嫌われた……
 
 
 ガーンと受けた衝撃はじわりと涙に変わり溢れそうになる水分を誤魔化すべく前を向いてズンズン進む。
 「ラズ様転びますよ~」という呑気なマリンの小言に「うるさいやいっ」と半分やさぐれモードだった。
 
 
 
 *****
 
 
 
「御機嫌よう、ラズ様」
「まぁっラズ様、いつにも増して肌艶がツルツル!輝いておいでですわぁ!やはり、陛下にたくさん愛された証拠ですね」
「たっぷり一週間お二人の時間を過ごされていらしたものね」
「羨ましい…うちの方なんて、もう───」
 
 
 一番最後に会場入りした僕が席に着き始まったお茶会で冒頭数分のあいだに僕が口にできた言葉は「御機嫌よう」のごきげ、までだ。
 質問されているようで答える隙がない。
 もはやいつも通り、あははぁ…、と愛想笑いをし続けるしか為す術もなく、一気に話し始める奥様方の勢いに初っ端から押されていた。
 
 
「そういえばラズ様!とうとう護衛騎士をお付けになられたそうですね?私達にもご紹介くださらない?」
 
 
 その話題を振られた瞬間、キタ…と身構えた。
 小さくふぅ、と息を吐くと後ろに控えるラルド様をチラッと確認し、無難かつスマートにサラッと紹介した。
 
 
「えぇ、そうですね。クオーツ様が、騎士団長を私の護衛騎士にと付けてくださりました。良くやってくれています」
 
 
 雰囲気を察し、座る僕の後ろにスッと歩み出たラルド様は綺麗なお辞儀を奥様方に送ることで、奥様方から一斉に、はぁ…と感嘆が上がる。
 わかる。その気持ち、すごくわかる。
 振り向くことは出来ないが僕もその姿を見ていたら同じように、はふ…と息を漏らしていたに違いない。
 

 とにかく、紹介も終えたことだし、これ以上は何も言いません、そんな態度を見せるべく、ここは飲み物を飲んで誤魔化そう。
 淹れてもらってから一度も口付けていなかった目の前のティーカップを持ち上げ顔の前に持っていく。


 紅茶の良い香りがふわりと香った、その瞬間───
 

 
「っぅ!?」
 

 
 突如、今まで体験したことの無いような強烈な吐き気に襲われた。
 
 
 
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

強制結婚させられた相手がすきすぎる

よる
BL
※妊娠表現、性行為の描写を含みます。

国王の嫁って意外と面倒ですね。

榎本 ぬこ
BL
 一国の王であり、最愛のリヴィウスと結婚したΩのレイ。  愛しい人のためなら例え側妃の方から疎まれようと頑張ると決めていたのですが、そろそろ我慢の限界です。  他に自分だけを愛してくれる人を見つけようと思います。

馬鹿な彼氏を持った日には

榎本 ぬこ
BL
 αだった元彼の修也は、Ωという社会的地位の低い俺、津島 零を放って浮気した挙句、子供が生まれるので別れて欲しいと言ってきた…のが、数年前。  また再会するなんて思わなかったけど、相手は俺を好きだと言い出して…。 オメガバース設定です。 苦手な方はご注意ください。

裏乙女ゲー?モブですよね? いいえ主人公です。

みーやん
BL
何日の時をこのソファーと過ごしただろう。 愛してやまない我が妹に頼まれた乙女ゲーの攻略は終わりを迎えようとしていた。 「私の青春学園生活⭐︎星蒼山学園」というこのタイトルの通り、女の子の主人公が学園生活を送りながら攻略対象に擦り寄り青春という名の恋愛を繰り広げるゲームだ。ちなみに女子生徒は全校生徒約900人のうち主人公1人というハーレム設定である。 あと1ヶ月後に30歳の誕生日を迎える俺には厳しすぎるゲームではあるが可愛い妹の為、精神と睡眠を削りながらやっとの思いで最後の攻略対象を攻略し見事クリアした。 最後のエンドロールまで見た後に 「裏乙女ゲームを開始しますか?」 という文字が出てきたと思ったら目の視界がだんだんと狭まってくる感覚に襲われた。  あ。俺3日寝てなかったんだ… そんなことにふと気がついた時には視界は完全に奪われていた。 次に目が覚めると目の前には見覚えのあるゲームならではのウィンドウ。 「星蒼山学園へようこそ!攻略対象を攻略し青春を掴み取ろう!」 何度見たかわからないほど見たこの文字。そして気づく現実味のある体感。そこは3日徹夜してクリアしたゲームの世界でした。 え?意味わかんないけどとりあえず俺はもちろんモブだよね? これはモブだと勘違いしている男が実は主人公だと気付かないまま学園生活を送る話です。

上手に啼いて

紺色橙
BL
■聡は10歳の初めての発情期の際、大輝に噛まれ番となった。それ以来関係を継続しているが、愛ではなく都合と情で続いている現状はそろそろ終わりが見えていた。 ■注意*独自オメガバース設定。■『それは愛か本能か』と同じ世界設定です。関係は一切なし。

総長の彼氏が俺にだけ優しい

桜子あんこ
BL
ビビりな俺が付き合っている彼氏は、 関東で最強の暴走族の総長。 みんなからは恐れられ冷酷で悪魔と噂されるそんな俺の彼氏は何故か俺にだけ甘々で優しい。 そんな日常を描いた話である。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

処理中です...