68 / 128
番不在の発情期(3)sideラルド
しおりを挟む「それじゃあラズ様…俺たち隣の部屋にいるから、何か必要だったらすぐ言ってね」
「ん……ありがと」
「ぐっすり寝ていい夢見てね」
「おやすみなさいラズ様」
ぼやっとした様子のままゆっくり目を閉じるラズ様を見届けるとマリンと目配せを交わし、最低限息を潜めながら主寝室を退出する。
明かりを落とした月明かりのみの部屋から一変、手狭ながらも電気を灯した明るい控え室に出た途端、どちらともなく無意識に詰めていた息をはっと吐き出した。
「はぁ~…あんなに元気だったのに、突然どうしたんだろラズ様…気持ち悪いとかどこかが悪いとかではないみたいですけど…」
「……心配だな」
クオーツ様を見送った朝。
そして昼過ぎまでは元気にしておられたラズ様の様子がどこか変だと気付いたのは夕食の準備が整った頃あたりのことだった。
呼んでも反応は鈍く、普段クオーツ様と共に囲う卓に一人で座るがなかなか食が進まず、しまいには半分以上残される姿に疑問を持たない者はいない。
作ったシェフに対して「ごめんね…」と申し訳なさそうに謝ることを忘れない姿はラズ様らしかったが、その声はとても弱々しい物だった。
その後、簡単に湯浴みを済ませると、普段の就寝時刻よりだいぶ早くから自らベッドへ潜るその姿をしばらくマリンと共に見守ったが、なかなか寝付く様子は無く、我々の存在が邪魔なのかもしれないと一時退出を余儀なくされた。
大丈夫かと聞いてもあの方は大丈夫としか答えない。
確実に不調を訴えている姿を目の前に、何も出来ない自分の不甲斐なさに腹が立つ―――。
「……やっぱり発情期の影響始まってしまっているんですかねぇ…念の為主治医に処方してもらった抑制剤で和らげばいいんですけど」
「その可能性は大いにあるな…今まではどうなんだ」
私の知るラズ様がご自宅で過ごされていた12歳頃まではまだ第二の性が発現前のこと。当然、発情期の経験はなく、その後の王城内での出来事を私は詳しくは知らない。
生後から見守ってきた私より、入城当時から仕えているマリンの方がとっくにラズ様に関して知ることが多いのだろう。
「そうですねぇ…いつもは全然予兆もない時くらいからクオーツ様が的確に察知して、早々に専用部屋へ強制的に引きずり込むので……思い返せば俺たちがラズ様のそういう姿を見ることもないんですよね~…」
「……なるほど」
そんな抜かりないクオーツ様が大丈夫と判断し遠征に出かけたというのなら、今この事態はかなり緊急性が高いのかもしれない。
「確かラズ様は第二の性が発現したと同時にクオーツ様と番になっているんだったな」
「ですです」
「それから常に発情期はクオーツ様が傍におられた……もしかしなくとも、ラズ様にとって番不在の発情期はこれが初めて、という事か」
「あ――確かにそうかも…」
考えついた可能性が、ラズ様にとってどれくらいの不安要素となりうるのか計り知れない。
私達に出来ることは少しでもラズ様が楽になるよう薬を処方する事と見守る事。
それ以上は番であるクオーツ様のみがなせる事。
「この事、クオーツ様にお知らせしていいですよね」
「そうだな、知らせなかった時の方がのちのち恐ろしい。万が一の場合、公務の尻拭いは他の者に当たってもらえばいい」
「……なんか、ラルド様も大概ラズ様最優先ですよね、ちょっと意外でした」
マリンの呟きにはた、と動きが止まる。
「そうか?」
「国との天秤にかけた時、クオーツ様は間違いなくラズ様を取ると思ってますけど、元とはいえ騎士団長まで担ったラルド様は―――」
「……ふ、誤解するな。私が忠誠を誓っているのはこの国でもなければクオーツ様でもない。私の忠誠はラズ様に捧げている」
「わぉ…」
目を見開くマリンに苦笑を送り、これ以上踏み込ませないよう話題を変える。
「夜間は私が見ているから、クオーツ様に知らせたらマリンも休んで構わない。何かあればすぐに伝える」
「……はぁい、よろしくお願いします」
何か言いたそうなマリンを控室から続く自室に強制送還しパタンと閉まる扉を見送ると、途端シーンと静まり返る一人の空間。
どこかへ座るでもなくとんっと主寝室に続く扉に背を預け、腕を組みながら目を閉じ少しの物音も聞き逃さないよう耳をすませる。
ラズ様のそばでこのように過ごす夜をどこか懐かしく思いながら―――
744
お気に入りに追加
2,284
あなたにおすすめの小説
上手に啼いて
紺色橙
BL
■聡は10歳の初めての発情期の際、大輝に噛まれ番となった。それ以来関係を継続しているが、愛ではなく都合と情で続いている現状はそろそろ終わりが見えていた。
■注意*独自オメガバース設定。■『それは愛か本能か』と同じ世界設定です。関係は一切なし。
僕の番
結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが――
※他サイトにも掲載
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
国王の嫁って意外と面倒ですね。
榎本 ぬこ
BL
一国の王であり、最愛のリヴィウスと結婚したΩのレイ。
愛しい人のためなら例え側妃の方から疎まれようと頑張ると決めていたのですが、そろそろ我慢の限界です。
他に自分だけを愛してくれる人を見つけようと思います。
婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして
みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。
きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。
私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。
だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。
なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて?
全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです!
※「小説家になろう」様にも掲載しています。
王命で第二王子と婚姻だそうです(王子目線追加)
かのこkanoko
BL
第二王子と婚姻せよ。
はい?
自分、末端貴族の冴えない魔法使いですが?
しかも、男なんですが?
BL初挑戦!
ヌルイです。
王子目線追加しました。
沢山の方に読んでいただき、感謝します!!
6月3日、BL部門日間1位になりました。
ありがとうございます!!!
成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる