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番不在の発情期(1)

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「ラズ様ぁ~早く起きて支度してくださいな!クオーツ様とっくに準備整ってますよ」
「……誰のせいで起き上がれないと」
「何か言いました~?」
 
 
 うるさいマリンの小言は朝から全く優雅じゃない。
 
 とっくに目は覚め覚醒していたものの、昨夜のクオーツのしつこいアレのせいで全身筋肉痛が激しく動けないでいた僕にマリンの容赦ない催促は続く。
 
 
「ラズ様ぁ~早く!」
「~~っ、はぁい!!」
 
 
 覚悟を決め、気合いで無理やり上体を起こしその勢いのままぎこちない動きでベッドから床に足をおろそうとして――案の定ガクガク震える下半身は自分の体を支えることは出来なかった。
 
 べちゃぁっと床に崩れ落ちる情けない僕に差し伸べられる大きな手。
 
 
「ラズ様、大丈夫ですか?お手を」
「……すみません」
 
 
 朝からラルド様に情けない姿を見られてしまった。
 
 
「ラズ様、遊んでないで早く準備してくださぁい」
 
 
 くっそぉぉぉぉっっ―――!
 
 
 
 ◆◇◆◇◆
 
 
 
 クオーツが今日から二泊三日で城を空ける。
 
 この予定は急遽決まったものだった。
 
 
「ラズ、見送りありがとう。身体は大丈夫かい?」
「……おかげさまで朝イチベッドから落ちましたわい」
 
 
 なんとか人前に出れる格好に身なりを整え王城前の庭で行われる出立式に間に合うと、よろよろ歩く僕をいち早く見つけたクオーツは打ち合わせで囲まれた集団から抜け出し、支えにやって来てくれた。
 ちなみに、直前まではラルド様に抱き上げ運んでもらいました、なんて口が裂けても言えない。
 
 
「ふふ、無理はしないで今日明日ゆっくりお過ごし。スケジュールが終わり次第なるべく早く帰るけど、もし何かあったら遠慮なくマリン経由で飛ばして。すぐ駆け付ける」
 
 
 僕の世話係マリンとクオーツの側近トール。双子の不思議な力を知ったのは最近のこと。
 何か話しているのか珍しく共にいる二人にチラッと視線をやれば、いつも通り無表情で軽くお辞儀をするトールと、にっと笑顔で手を振ってくるマリン。
 同じ顔でここまで雰囲気が違うから、不思議だ。
 
 
「本当にごめんね、発情期が近いのに城を空けてしまう事になって……前もってスケジュールはあれほど調整したのに…使えないクソ老害共…」
「それはもう何回も聞いたっつーの。僕は大丈夫だから、人を殺す目つきやめろ。仕事なんだから仕方ないだろ、しっかり外交してきてくださいな」
「……数日間もラズと会えないの寂しい」
「お前は赤ちゃんかよ」
 
 
 呆れたツッコミに、「だってぇ」と頬を膨らませながらところ構わず抱きしめてくるのはさすがに国王の威厳が損なわれるから人前ではやめてほしい。周りが微笑ましそうに見てくれるうちが花だぞ。
 ぎゅうぎゅう抱きしめてくる腕にぐいぃんっと海老反りで対抗していると、不意に項を撫でる手つきにビクッと反応してしまう。
 
 
「ひょあっ!?な、なにさっ」
「……やっぱりいつもよりフェロモン濃いね」
「えー…まじかぁ…」
 
 
 くんくん、と自分で匂ってみてもよくわからず、代わりに至近距離で首筋をすんっと嗅いでくるクオーツから漂うクオーツのフェロモンを深く吸い込んでしまった。
 番持ちとなったオメガが唯一認識できるフェロモン。
 いつ嗅いでも落ち着く、いい香り。
 
 
「あ、また濃くなった」
「~~っ、ま、まぁ予定ではまだ1週間は余裕があるし、最悪なんかあったらあの部屋に籠るから大丈夫大丈夫」
「本当?はぁー…心配」
 
 
 うりうり抱き締めてくる腹に、なんでだよっとパンチをお見舞いしていると、クオーツ様、と呼ぶトールの声で出発の準備が整ったことを知らされる。
 
 
「ほら呼んでるぞ!」
「……だね。それじゃあ、ラズ、行ってくるね」
「ん」
 
 
 名残惜しそうに馬車に乗り込むクオーツに早く行けとジェスチャーを送る。
 パタン、と扉が閉まって間もなく、綺麗に隊列が組まれた騎士の馬とそれらに囲まれたクオーツが乗る馬車が動き出し、遠く小さくなっていくのをしばらく見届けた。
 
 

 
 如何なる時も、フラグというものは回収される為に存在する。
 
 今回これが、僕が初めて迎える番不在の発情期となる――が、この時はまだ何も知らない。
 
 
 
 
 
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